2021-06

2020・9・16(水)大野和士指揮東京都交響楽団

      サントリーホール  7時

 ベートーヴェン・プロで、第1部では「三重協奏曲」が矢部達哉、宮田大、小山実稚恵をソリストに迎えて演奏され、第2部では「英雄交響曲」が演奏された。コンサートマスターは第1部が四方恭子、第2部が矢部達哉。「都響スペシャル」としての演奏会。

 これは「矢部達哉・都響コンサートマスター就任30周年記念」と題された演奏会でもある。
 彼のコンサートマスターとしてのデビューは1990年9月8日の「定期演奏会A」で、それは同時に大野和士の「都響指揮者就任披露演奏会」でもあった(私は当日の演奏会は聴いていない)。いずれにせよ、もう30年も経ったのかという感慨に襲われる。
 しかし大野と矢部にそういう縁があったのであれば、後年、大野が音楽監督として都響に復帰した際、矢部が記者会見の席上で「自分にとっては、彼の復帰は《蕩児の帰郷》のように感じられる」とコメントしていたのもむべなるかな、と思えるであろう。ともあれ今日、矢部達哉に何度か向けられた聴衆の拍手には、ひときわ温かく、大きなものがあった。

 さて、今日のベートーヴェン2曲。これはもう、大野和士の円熟ぶりを如実に感じさせ、常にも増して印象深い演奏になっていたと言えるであろう。
 特に「英雄交響曲」は、過度に力み返ったり、鋭角的で乾いた殺伐としたものに陥ったりすることのない、温かさを感じさせる豊麗な音で全曲が歌い上げられていた。またそれは、威圧的な英雄賛歌ではなく、むしろ未来への希望を籠めた人類の歌━━といったイメージをも感じさせる音楽だったのである。

 とは言っても、その演奏がいくらかでも生ぬるさを感じさせたわけでは決してない。大野は、要所でティンパニを強打させて音楽を引き締め、第2楽章の【D】の個所におけるホルンのパートを4本(スコア指定では第3ホルン1本)で強奏させて壮大な挽歌を響かせ、また第1楽章コーダでは全てのエネルギーを結集させてオーケストラと聴き手を共に高みへ向かわせる、というさまざまな手法を駆使して、演奏に緊迫度を加えて行った。
 フィナーレでも、導入個所での嵐のような激しさの中に籠められた風格、それぞれの変奏の流れの良さ、ポーコ・アンダンテの後半における雄大なスケール感など━━。

 これは久しぶりに快い後味を残す「英雄交響曲」だった。オーケストラは弦14型、管に少し粗いところもなくは無かったが、全体の昂揚感が素晴らしい。

 一方、前半に演奏された「三重協奏曲」では、弦12型編成で進められたオーケストラの威容感がまず印象に残る。
 「30年」の矢部達哉はソリストの1人として登場したが、その演奏は、少し遠慮がちな、他のソリストたちを盛り上げようとするかのような美しいソロに終始したか。ここでは彼はコンサートマスターではなくソリストなのだから、もっと出しゃばってもよかったであろう。
 また、この曲のソロでは最も活躍するはずのチェロの宮田大が、何故か今日はドルチェな演奏で、オーケストラとの釣り合いが取れぬ結果を招いていたのは腑に落ちない。逆に、この曲ではもともとあまり冴えないはずのピアノが、今日は目覚ましい存在感を示した。さすが小山実稚恵の貫禄というべきか。

コメント

「少し遠慮がちな、他のソリストたちを盛り上げようとするかのような美しいソロに終始」

今の都響弦楽器セクションは、まさにこのスタイルではないでしょうか。

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