2021-06

2020・9・8(火)尾高忠明指揮読売日本交響楽団

       サントリーホール  7時

 これは9月定期。名誉客演指揮者・尾高忠明が振った。
 グレース・ウィリアムズの「海のスケッチ」、モーツァルトの「ピアノ協奏曲第23番イ長調」(ソリストは小曽根真)、ペルトの「フェスティーナ・レンテ」、オネゲルの「交響曲第2番」というプログラムだった。

 英国音楽には定評のある尾高の指揮ゆえ、当初は最後の曲にウォルトンの「第1交響曲」が予定されていたのだが、「密」を避けるため編成の小さい作品に変更された。尾高のウォルトンを楽しみにしていたのだが、仕方がない。だがオネゲルの「2番」も滅多にナマで聴ける曲ではないから、これはこれで貴重な機会ではあった。

 それに、日下紗矢子をコンサートマスターとする読響の弦(12型)が今日はしっとりと瑞々しく冴え渡り、実に張りのある壮麗な音を響かせてくれたおかげで、どの曲も極めて聴き応えがあったのである。
 モーツァルトの協奏曲を除く3曲はすべて弦楽合奏であり、ペルトではハープ1台が、オネゲルではトランペット1本が加わってはいたものの、今日は読響の弦の良さを誇示する演奏会という趣にもなったであろう。

 グレース・ウィリアムズ(1906~77)は英国の女性作曲家で、「海のスケッチ」は、その題名に相応しく、海を優しいタッチでスケッチした佳品だ。マエストロ尾高のお気に入りの曲らしく、彼はいろいろなオーケストラとこの曲を演奏している。この秋は、大阪フィル定期でもこれを取り上げるはずである。

 ペルトの「フェスティーナ・レンテ」は、プログラム解説の飯尾洋一さんによれば「急がば回れ」のような意味だとのこと。まさにペルトならではの沈潜の極み、譬えようもないほど美しい。これは、今夜のハイライトだったかもしれない。

 そしてオネゲルの「2番」は、ステージ最後方にたった1人でじっと座っていたトランペット奏者が、最後の最後にやおら楽器を取り上げたかと思うと、それまでの渋い弦楽器のアンサンブルを締め括るように━━もしくは、「おお友よ、このような音ではない、いざ歓喜の歌を」とでも言わんばかりの勢いで━━朗々と輝かしい旋律を吹き鳴らして全曲を閉じる。これで客は沸く。トランペット奏者は、儲け役だ。

 2曲目に置かれていた「23番」のコンチェルトでは、小曽根真が闊達でリズミカルなモーツァルトを聴かせた。
 カデンツァの個所ではもっと小曽根らしい、突き抜けたアイディアで大暴れをしてくれるかとひそかに期待していたのだが、思いのほか「クラシック音楽調の」端整な表情に終始した。私としては少々拍子抜けの印象だったが、しかしこの曲の性格ということもあるし、尾高の指揮する読響が実にシンフォニックで完璧なバランスと流れを持った演奏を繰り広げ、それ自体が完成品とでもいえるような域に達していて、異なった様式を導入させる余地もないほどだったし、━━それに相手が大御所・尾高忠明とあれば、小曽根も暴れるわけには行かなかったのかもしれない。

 ただし彼はアンコールに「Take the A Train」を鮮やかに弾き、しかもこれに読響の若い首席コントラバス奏者・大槻健が協演するという趣向だったので、客席は大拍手に包まれた(ベースをPAなしで聴かせるのは、ちょっと苦しかっただろう)。

コメント

満席容認

10月21日に、読響さんの大阪定期演奏会がフェスティバルホールで開催される予定です。楽しみです。9月19日からは、クラシックコンサートの満席が容認されるとの事。朗報ですね。少しずつ元に戻ればいいですね。

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