2021-06

2020・7・29(水)フェスタサマーミューザKAWASAKI
下野竜也指揮読売日本交響楽団

        ミューザ川崎シンフォニーホール  7時

 感染防止対策としての1席乃至2席の間隔を取った座席指定。「座っていい席」の大半が埋まっているように見えたということは、1000とは行かずとも、およそ800ほどは入っていたことになろうか。やはり読響の人気ゆえか、と事務局に訊いたら、「ソリストの人気かも」とコメントが返って来る。

 ソリストとは、ピアノの反田恭平と務川慧悟のことである。
 この2人のソロが加わったプーランクの「2台のピアノのための協奏曲」と、サン=サーンスの「動物の謝肉祭」とを、休憩を挟みつつ中央に置き、それらの前後にモーツァルトの交響曲の「第32番ト長調K.318」と「第31番ニ長調K.297(300a)《パリ》」をそれぞれ配したのが今日のプログラムだった。
 当初の予定曲目より一部が変更されたとはいえ、なかなか意味深い、洒落た選曲ではある。コンサートマスターは日下紗矢子。

 「動物の謝肉祭」は、ソリスト2人を含め計15人という小編成で演奏されたが、モーツァルトの交響曲では、弦8型(8・6・4・4・3)の編成が採られた。

 もう一つの、しかも最大の特徴は、今日の読響は、弦をまとめて下手側に、管をまとめて上手側に配置した、所謂ストコフスキー式の並び方だったことである。これは、プレトークでマエストロ下野が話していたように(この人の話のコーダはR・シュトラウスの曲のエンディングにも似てチト長いけど、巧い)一つの実験的試みだそうだ。

 3階席1列目中央で聴いた印象で言うと━━この配置で演奏されたモーツァルトの交響曲は、従って、ふだんとは全く異なった響きで聞こえた。美しく溶け合ったアンサンブルではない。早い話が、弦と管が「別々に」聞こえたのである。
 それはソーシャル・ディスタンス方式による間隔を広く採った奏者配置のために起こる響きではない(既に他のオケで体験済みである)。また、通常の配置による演奏を、P席(オケの後方席)やサイド席で聴いた時にさえ、こういう響きにはならない。
 聴き慣れた楽曲を異なったバランスで響かせてみるという試み自体は興味深いが、私の好みから言えば、今回の試みは、結果的に言えば賛意を表しかねるものだった。

 もう一つ不可解だったのは、前半の2曲が、異様に尖った、硬質なサウンドでガリガリと演奏されたこと。オーディオ用語で言えば、ツイターのレベルを上げ、しかもローカットで再生された音、ということになろうか。この「ミューザ川崎」の上階席は、ふだんなら柔らかい音で聞こえるはずなのだが・・・・他の席で聴いた方のご感想を聞きたいものだ。
 但し休憩後の2曲は、演奏の仕方を修正したのか、第1部におけるほどキンキンした音ではなくなった。

 というわけで、今日は音楽そのものに浸るよりも、刺激的な響きに閉口して疲労させられた、というのが正直なところだ。が、賛同できなかったとはいえ、マエストロ下野の意欲そのものには賛意を表する。次の「実験的試み」を期待しよう。

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