2021-06

2020・7・10(金)METライブビューイング
ワーグナー:「さまよえるオランダ人」

     東劇  1時30分

 本来はライブビューイングとして中継されるはずだった3月14日(土)の上演が中止になったため、3月10日(火)の記録映像が替りに使われている。そのためだろう、インタビューは一切なし。案内役にはリセッテ・オロペーサというソプラノが登場し冒頭に一言喋ったが、これは別に収録してはめ込んだらしく、いかにもリアリティがない。

 この映像収録はもともとカメリハだったのか? 観たところ、カメラワークも何となく要領が悪くて単調だ。演奏者たちに「ライブビューイングに使用する」と伝えてあったのかどうか? どうもステージの燃焼度があまり高くなくて、所謂ルーティン公演的な雰囲気を感じさせるのである。
 METの上演と雖も、日常の上演と、生中継のある日とでは、かなり出来栄えに差があるのは周知のとおり。ゲルブ総支配人でさえ「ライブビューイングのある日は歌手のアドレナリンが高くなる」と認めているし、私が何度か観に行った時にも明らかにそれを感じたものだ。

 今回のプロダクションは、指揮がワレリー・ゲルギエフ、演出が映画監督フランソワ・ジラール。主役歌手陣はエフゲニー・二キーチン(オランダ人)、アニア・カンペ(ゼンタ)、フランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒ(ダーラント)、藤村実穂子(マリー)、セルゲイ・スコロホドフ(エリック)、デイヴィッド・ポルティッロ(舵手)。

 ニキーチンが「アグリッピーナ」の幕間のインタビューで「荒々しい性格ではなく、救済を求めて苦悩するオランダ人船長を表現したい」とかいう意味のことを語っていたが、それは確かに暗く、憂鬱な性格表現で実現されていただろう。ただ惜しいことに、それが演技の上でも歌唱の上でも、突っ込み不足というのか、地味で冴えない存在にしか感じられないのだ。
 アニア・カンペも━━彼女がMETデビューだったというのは意外だった━━別に破綻があったわけではない。が、絶好調時の彼女とは趣を異にして、何か生彩が感じられぬ。
 同じくデビューの藤村実穂子も、この役では気の毒すぎるとは当初から思っていたが、彼女の真価発揮には程遠い扱いをされていた。

 そういう歌手陣の出来を招いたのは、やはりゲルギエフの、遅めのテンポによる、あまりに抑制した音楽づくりにあったのではないかと思われる。あんなにゆったりと打ち沈んだテンポでは、このワーグナー初期のリズミカルな要素の濃い作品はうまく活きないのではないか?
 第3幕で、幽霊船の水夫の合唱に打ち負かされたノルウェー船の水夫たちの合唱が、ゲルギエフの遅いテンポを保ち切れず、ついに走り出してしまい、オケと合唱との間に惨憺たるアンサンブルの乱れを生じさせてしまったところなど、とてもこれがMETの上演とは思えぬほどであった。この日の上演が「ライブビューイング」に使われることなど、やはりほとんどの出演者が予想していなかったのだろう。

 METの以前の「パルジファル」では、映画監督の発想らしい面白さを見せたジラールの演出(2013年2月15日参照)だったが、遺憾ながら今回の「オランダ人」では、その狙いは解り難い。第3幕の幽霊船の水夫たちの合唱が爆発するシーンで、ノルウェーの少女たちをそのまま舞台に置き、一種の幻想的な動きを見せたアイディアだけがユニークだったと言えようか。
 ただ、「パルジファル」の時と同様、今回も背景の大スクリーンには映像が投映されていたようだが、カメラがそれを充分に捉えていないので、真価は汲み取り難い(全く工夫のないカメラワークで、やはりこれはカメリハだ)。

 お客さんは、今のような状況の中にしては、予想外に入っている。4時終映。

コメント

7月20日「さまよえるオランダ人」

ニキーチンは苦悩するオランダ人であった。彼は「アグリッピーナ」幕間のインタビューで「私のオランダ人は…」と言っていて、演出家の指示通りと言うだけでなく、自分自身のオランダ人像を持っているようである。
ニキーチンはキーロフ・オペラ(現マリインスキー・オペラ)来日時の2000年1月、新国立劇場公演の2012年3月に日本でオランダ人を歌っている。キーロフ・オペラ来日時は20代後半。まだ「役作り」というところまではいかず、生真面目に大役を歌い通したという印象。
12年後、新国立劇場での役作りは今回のMET公演同様の叙情的で苦悩するオランダ人であった。新国立劇場公演から数ヵ月後、この役でバイロイト音楽祭初のロシア人タイトルロール歌手としての登壇が控えていることもあり自信に満ちていた。ところが、彼が全身に施しているタトゥーの一部にナチス支持を暗示すると思われるタトゥーがある=ナチス支持者であるという疑惑から、出演資格を問われ本番直前に降板となった。
この度、ブリン・ターフェルの代役ながらMETでのタイトルロールが回って来たのはファンとしては嬉しいこと。
ニキーチンの手が何度かアップで映ったもののクモとクモの巣の特徴的タトゥーは見当たらず、忘れていた8年も前のバイロイト音楽祭のことを思い出した次第。

今回の上演は新演出ということで期待したが、演出らしい演出がなく、登場人物の存在感が浮かび上がりにくい。終始「これならコンサート形式のほうが良い」と思った。演出の工夫と言える冒頭の躍りは具体的過ぎて個人的には好きになれない。序曲の音楽に集中できないデメリットこそあれ、何らかのプラス効果は感じなかった。
本来のライブビューイングではないので、東条さんのご指摘通り、インタビューなしなので付加価値ある情報がない、映像は緊張感がないなど、記録に残る公演としてはやや物足りなかった。直前に観た「アグリッピーナ」の完成度が全てにおいて極めて高かっただけに…。
カーテンコール後の舞台上映像ではゲルギエフと歌手が、ハグでなく肘タッチをしていたのが印象的だった。既にそういう配慮が必要な中の上演。
ロシア人のアルファベット表記や日本語表記は一貫しない。個人的には(東条さん同様)ニキティンでなくニキーチンと呼びたい。
8月7日から、恒例のMETライブビューイングアンコール2020開始。自由に海外旅行できない今年の状況を踏まえ、オペラの舞台に着目した作品選びをしているのはユニーク。

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