2021-06

2020・6・15(月)映画「お名前はアドルフ?」

     シネスイッチ銀座  2時35分

 来日中止になったボン交響楽団もチラリと出ている、と教えられ、ゼーンケ・ヴォルトマン監督のドイツ映画「お名前はアドルフ?」(原題は「DER VORNAME」)を観に行く。

 今度生れる子供には「アドルフ」という名前を付けるつもりだ、と発表した父親を巡り、親族たちが蜂の巣をつついたような騒ぎになるところから始まる映画だ。
 「アドルフという名前は、かの悪名高き独裁者アドルフ・ヒトラーを思い出させるから、断じて避けるべきだ」と諫める親族たちと、「悪名高き独裁者なら歴史上、他にもたくさんいるではないか、なぜアドルフという名だけがいけないのだ」とやり返す父親とが、夕食の席上で大バトルを繰り広げるというストーリーだが、これはなかなか興味深い。

 「アドルフ」という名前など、「フランケンシュタイン」などとは違い(アメリカにフランケンステインという音楽評論家がいたが)ありふれたものだろうに、と思っていたのだが、現代ドイツでは、あのヒトラーのイメージが強すぎるゆえに、男の子にその名は付けぬ傾向があるとか(ブックレットにはそう書いてあった)。
 なるほど、たしかにそういう名前の子供は、学校ではいじめられる━━映画の中にもそういうセリフが出て来た━━かもしれないな、とは思う。

 何となれば、かく言う私自身が小学校低学年の頃、名字のためにどれだけ酷いいじめに遭ったか、それを身に沁みて体験しているからである。
 戦後の短期間、私は長野県の塩尻と、神奈川県鎌倉市の腰越に疎開していたことがあるのだが、そこの小学校での一時期、私はしばしば悪ガキたちに囲まれて戦争犯罪人と野次られる、からかわれる、罵られる、下校途中で石をぶつけられる、学用品を奪われて道路にばらまかれる、という目に遭わされた。だから、私も例に洩れず、登校拒否症に陥った。
 私の家は、あちらとは全く縁戚関係はないのだが、当時の地方の子供たちはそんなことに頓着するはずはない(ただし、いい担任の先生に恵まれてからは、そういう理不尽なことはなくなった。学校でのいじめは、担任教師が厳然たる態度を示すかどうかで、大きく変わるものである)。

 それに加えて具合の悪いことに、この名字に独特の感情を持つ世代は、私と一緒に齢を重ねて行くわけである。そのため、学生時代全てを通じて、私が自己紹介すると、必ずといっていいほどクラスに笑い声が起こるのだった。
 それはずっと続いた。だから私は、この齢になってさえ、自分の名字を声に出して名乗るのは、今でも何となくイヤなのである・・・・。

 余談は措くとして、さっきの映画は、そのアドルフ事件を発端として、まるでドミノ倒しの如くとんでもない方向に拡がって行くのだが、一種のテーブル・バトルのような論戦の連続がこの映画のポイントだろう。名前を当てっこし合う場面で、「ドナルド、では?」という話が出たとたん、この時だけ登場人物たちが顔を見合わせ、異様に長い間ゲラゲラと笑い転げるくだりが、妙に皮肉っぽかった。
 それにしてもドイツ人というのは、本当に理屈っぽくて、議論好きですなあ。

 セテラ・インターナショナルの配給で、6日から公開されている。上映時間約90分。
  この予告編、ご覧ありたし。特にワグネリアンには受けそう。
  http://www.cetera.co.jp/adolf/

コメント

ご機嫌よう
東條元首相は世界的歴史的には評判悪いですが、一個人としては他人への気遣いに優れた人て話も残っています。曰く兵隊の食事に意を用いた、慰問に立った芸人には熱烈に拍手をした、戦犯収監の獄中からお気に入りの写真師に辞世の葉書を送った、とか。他方、自分に批判的な言論人や軍人を前線に送って死に追いやったて悪評もありまして、人の評価は一面では言い難いです。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | HOME |  »

























Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

ブログ内検索

最近の記事

Category

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」