2021-06

2020・3・7(土)びわ湖ホール「神々の黄昏」ライブストリーミング

 新型コロナウィルスの所為で「神々の黄昏」の公演中止を余儀なくされたびわ湖ホールは、予想通りこれを無観客の非公開上演に切り替え、you tubeで生中継配信する作戦に出た。午後1時から6時半過ぎまで、途中に30分ずつの休憩を取りながら上演するという、公開上演と同一の形を採っている。

 私もいくつかの事前講座を担当した関係もあって、この非公開上演を観に行くつもりでいたのだが、自分のトシを考えて、とりあえずは自粛してしまった次第だ。
 だが、パソコンを見ながら、こういう世の中の状況にもかかわらず、いまあそこでは指揮者が、オケが、歌手たちが、多くのスタッフが、みんな一所懸命に「神々の黄昏」を上演しているんだな、と思うと、胸の熱くなるのを抑えきれぬ。

 誰も観ていない、聴いていないのだったら、やる方も張り合いがないだろうが、ストリームが始まる前には約1500人が「待機中」、開始された時にはほぼ9700人が「視聴中」で、 やがてそれが1万人を超え、全曲にわたり11,600人あたりをキープしていたとなれば━━この視聴者数が途中で増えても減っても刻々と表示されるのは何となく面白いが━━しかも「ブリュンヒルデの自己犠牲」の後半あたりから数字は急激に増え、最高11,950前後に達して行ったのである。
 たとえ公開で上演したとしても観客は2日間で3600人止まりであることを思えば、それよりは多くのワグネリアンたちの目に触れたことになり、手応えも上々ということになるだろう。

 このストリーム、概して音響のバランスもよく、しかもあの暗い舞台が予想外に細部まで鮮明に写されていたのには感心した。
 固定カメラなのと、字幕がない━━これらは予め予告されていた━━のは残念だが、こういう点を改善して行けば、インターネットを使ってのこの手法は、新しいメディア展開の代表的な存在になるであろうことは疑いない。これからは平時においても、もっと活用されるべきだろう。
 何しろ今日では、放送局は頼みにならぬ。それにネットは、全国で視聴できるという強みがある。

 なお今回、原稿書きなどの都合もあって、2台のパソコンを交互に使っていたのだが、ラインで受信していたパソコンに比べ、Wifiで受信していたパソコンの方は、映像も音も20秒ばかり遅れて来る、という不思議な現象に面食らった。キカイに素人の私にはさっぱり解らないことが多い。

 演奏は、沼尻竜典指揮の京都市交響楽団。びわ湖ホール声楽アンサンブル、新国立劇場合唱団。
 歌手陣はクリスティアン・フランツ(ジークフリート)、ステファニー・ミュター(ブリュンヒルデ)、石野繁生(グンター)、妻屋秀和(ハーゲン)、志村文彦(アルベリヒ)、安藤赴美子(グートルーネ)、谷口睦美(ヴァルトラウテ)、𠮷川日奈子・杉山由紀・小林紗季子(ラインの乙女)、竹本節子・金子美香・高橋絵里(ノルン)。
 フランツがどうも本調子ではなかったらしいのを除けば、本当にみんな見事だった。とりわけミュターの馬力は素晴らしく、安藤赴美子も清純な歌唱を聴かせた。京響の頑張りと好演は特筆すべきものだろう。
 就中これらをまとめて来た沼尻竜典の情熱と力量は、絶賛に値する。

 ミヒャエル・ハンぺの演出と、それに基づくヘニング・フォン・ギールケの舞台美術が、所謂旧いスタイルのものであることは、今更どうのこうの言っても仕方がない。
 「こういう演出をする人はもう他にいないから、今のうちにみんなに観てもらおう」との沼尻総監督の明確な意図で採用されたのだから、それはそれで悦んで受容することにしよう。なお「ジークフリートの葬送行進曲」で、葬列と、それから離れて折れた槍を手にさすらい行く失意のヴォータンの姿とをシルエットの映像で見せたアイディアは感動的であった━━特に終りの方の遠景となった場面が。

 映像も、以前の「さまよえるオランダ人」でも証明されたように、すこぶる精妙で、特に第3幕でのライン河と3人の乙女たちや、ヴォータンの使いの2羽の鴉の描き方など、悪くない。もっとも大詰のカタストローフの場面の映像は、やはりナマで観ないと、その真価は解らないだろうと思う。

 カーテンコールをも型通り行なって見せたのは、ストリームミングが手応えあったことへの満足感の表れか。少しおいて京響のメンバーも登場し、このへんから舞台の雰囲気は少し賑やかになった。最後は幕の向こう側で、お疲れ様の歓声と大拍手。よくやってくれた。

コメント

素晴らしかったです。
明日は池田さんがブリュンヒルデなので今日よりまして気合入れて見ます。

びわ湖リング、日本のワーグナー演奏史上記念碑となる公演、残酷な公演

東条先生はてっきり“現場”へ行かれていたと思っていました。何か裏話をリポートしてくださるのではないかと...。
わたしもネットにて聴きました。途中(3時前)からにはなりましたけれども、じゅうぶん楽しめました。
まずオケ・京響の熱奏に感心しました。無観客になったので冷めた感じになってもやむを得ないところ、それに負けるかというくらいの意地のある演奏。ストリーテラーよろしく、物語に寄り添い深い共感に満ちた演奏でした。
歌手ではわたしには安藤赴美子さんのグートルーネに魅了されました。安藤さんはほんとにイタリアオペラのみならず、ワーグナーでもたいへん素晴らしい歌を聴かせてくださいます。
ステファニー・ミュターはワーグナー歌いの貫禄、さすがでした。
ミヒャエル・ハンペの演出、わたしはとても良いと思います。先生もおっしゃるジークフリートの葬送は感動しました。泣いてしまいました。ワーグナーの音楽の素晴らしさを際立たせようとする従の姿勢!
幕となって、わたしは部屋で拍手を無意識にしていました。
静まりかえった舞台上、ただ演者のかたがたの足音だけがする。こんなに残酷な公演はあるでしょうか。ほんとに大きな拍手で迎えられるべきところです。
無能な一人の男のよく分からない考えの下の判断でこういう事態になってしまったのではないかと思われてなりません。
先生には、再演できないかと主催者に働きかけていただきたいと本気で思います。
長文駄文失礼しました。

素晴らしい取組みでした。

小生もライブストリーミングで拝見。特に妻屋さんの堂々たる歌唱が印象に残りました。確かに固定カメラと字幕なしは少しフラストレーションを感じましたね。

毎日新聞の報道によると「コロナウイルスで上演できるか雲行きが怪しくなってきた段階で県庁に乗り込み、『中止にはできない』と申し入れたが、その時点で無観客とDVDにする案は用意していた。」と館長がコメントしておられるので、技術的には十分可能だったのではないかと思いましたが(特に字幕)。
https://mainichi.jp/articles/20200307/k00/00m/040/106000c

なお、歌唱はよくひろわれていましたが、マイクの関係か、かなりプロンプターの声が聞こえたのはご愛敬。あと、小生だけかもしれませんが、配信開始時点でアクセスが殺到したことによるのか、当初うまく画像を視ることができませんでした。

おそらく当日客席にいたなら、聴衆のいない、よく響くホールの中で極上のオペラ鑑賞が出来たのではないかと思います。その意味において、東条先生、残念でした(笑)。4年間かけて上演した最後がこのような形で完結を迎えたのは極めて残念ですが、沼尻総監督以下の皆さんの素晴らしい取組内容は決して色あせるものではなく、その功績を心から称えたいと思います。

今日は、ミューザ川崎からの東響名曲全集のライブを楽しみにしています。

沼尻さん、ありがとう

東条先生、拙文のご掲載ありがとうごさいました。ややキワの話も書いたので難しいかとも思いました。
一つ大きなことを書き落としていました。びわ湖リングの成功の立役者、沼尻竜典さんです。ほんとに素晴らしい公演をしてくださいました。ホールで大きな声援を送りたかった。
また尽力された山中館長。そして多くのスタッフ、東条先生がたのサポートメンバー。ありがとうごさいました。
公演中止に際し、このたび沼尻さんの言われたことば、ほんとにそのとおりだと思います。いろいろな思いがにじんでいます。「我々は精いっぱいやれることをやるだけだが、文化・芸術は水道の蛇口ではない。いったん止めてしまうと、次にひねっても水が出ないことがある」
参考 毎日新聞 mainichi.jp「 “無観客でワーグナー”ネット上演 新型コロナで公演中止 大津・びわ湖ホール」2020年3月7日 13時33分(最終更新 3月7日 22時04分)

全国の様々な演奏会が中止になっているのは本当に残念ですが、東京近郊や大阪近郊にお住いの比較的恵まれた聴衆の皆さんと、地方在住(のワグネリアン)で、東京や関西に高額の旅費をかけて出張しなければならない聴衆、更には偶然視聴した潜在的ワグネリアンが、戦後初めて平等な立場に置かれたということなのかもしれません。今回の騒動が、日本の演奏会の偏在性を考え直す良い機会になることを祈ります。

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