2020-04

2019・12・16(月)アラン・ギルバート指揮東京都交響楽団

      サントリーホール  7時

 首席客演指揮者アラン・ギルバートが登場。日本の聴衆にも大変な人気だ。
 今日はマーラーの「交響曲第6番《悲劇的》」を指揮したが、拍手も、特に演奏後に浴びせられた歓声もひときわ大きく、ソロ・カーテンコールも繰り返された。
 今日のコンサートマスターは矢部達哉。

 今回はアンダンテ・モデラートの楽章が第2楽章に、スケルツォが第3楽章に置かれ、また第4楽章では、マーラーが改訂の際に削除した「3度目のハンマー」が復活されるという形。
 都響もホルン群を筆頭に各パートが充実、アンサンブルのバランスも最良の部類に属し、熱演と呼んでもいい演奏になっていたと思う。

 それに対しては敬意を表するのだが、半面、あまりにエネルジコ(精力的に力強く)一本で押しまくった感も免れない。その所為もあって、この演奏には「悲劇的」というイメージはほとんど感じられなかった。
 そういった標題音楽的要素に敢えてこだわるつもりはないのだが、たとえば第4楽章などになると、それを無視するわけにも行くまい。

 つまり、何度か音塊が緊張度を高めつつ激しく寄り集まって行き、それらが頂点に達するたびに、ハンマーの強烈な一撃で崩壊する、というこの楽章の構造━━標題音楽的に言えば、「英雄」が力を振り絞って何度か闘いを試みつつも、その都度「運命」たるハンマーにより打撃を受けるという過程が繰り返され、「3度目の打撃」ではついに再起不能の絶望に陥る、というストーリーになるわけだが━━それを描き出すための音楽の大きな起伏と変化が、今回はどうも明確に感じられず、全体がただ力任せの演奏になり過ぎていたのではないか、ということなのである。

コメント

同じ印象です。第1,2楽章はしなやかさや、歌が感じられましたが、終楽章になると、ひたすら力任せに押してくるだけで、時間が長く長く感じられました。あと、3つ目のハンマーはやはり蛇足だなあ、と思えました。
全体に、都響のマーラーは、やはり抑制とコントロールが効いたインバル指揮のときが一番効果が上がるように思います。

同じ指揮者がNYP相手に演奏した同曲とはかなり趣の異なる演奏のようですね。やはり都響ということでインバルを強く意識したのかな?と推測しております。これからも都響でマーラーを振るということは常にインバルと比較される宿命を背負うということで、出来はどうであれギルバートの勇気は賞賛したいですね。盛大な歓声、拍手もきっとそういった意味も含まれてるのでしょう(なのに難癖をつけたがる人がいるのですね)。私がもし指揮者でも3度目のハンマーは打っていただきますね。やはり東条さんが後半仰った「ストーリー」を私も思い浮かべますので。そう思って久しぶりにショルティ/シカゴSOのCDを取り出して聴いてみました。やはり凄まじい演奏でした。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | HOME |  »

























Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

お知らせ

●2007年7月以前のArchivesを順次、アップロード中です。併せてご覧下さい。
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2006年7月

Category

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」