2020-01

2019・12・7(土)ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管と藤田真央

      東京文化会館大ホール   6時

 生誕180年を来年に控えての、ゲルギエフの「チャイコフスキー・フェスティヴァル」その最終公演は、「ピアノ協奏曲第2番」と「交響曲第5番」。

 協奏曲は、当初の予定ではセルゲイ・ババヤンがソロを弾くことになっていたが、如何なる事情か「本人の都合により」キャンセル、替わって藤田真央が登場した。
 まあ、ババヤンには悪いが、これはかえって歓迎すべき人選だった。今年のチャイコフスキー国際コンクールで第2位となり、人気の沸騰している藤田真央が━━しかも「1番」でなく「2番」を聴かせてくれるとなれば、これ以上のことはない。

 彼については以前からゲルギエフが絶賛していたので、まるで今回のフェスティヴァルに出演予定の無かった彼をゲルギエフが突然起用するべく秘かに手を回したのではないかとさえ思えたほどだが━━まあ、そんな憶測はともかく、この藤田真央の演奏は予想以上に素晴らしく、煽り立てるゲルギエフとマリインスキー響相手に一歩も退かず、鮮やかで瑞々しいソロを聴かせてくれた。スケール感という点では未だしのところもあるが、準備期間も短かったはずなのに、よくぞあそこまで仕上げたものだと、ただもう感嘆するのみである。

 彼がソロ・アンコールで弾いたグリーグの「愛の歌」も美しかった。このアンコールの間、ステージ下手側の袖近くにゲルギエフが立ったまま聴いていたのは、若手をソリストに起用した時のゲルギエフのいつもの癖である。

 休憩後は「第5交響曲」。弦とクラリネットが暗い音色で主題を演奏し始める冒頭個所を聴くと、ああロシアのオーケストラ!という懐かしさが湧いて来る。
 ただ、そのあとは最近のゲルギエフとマリインスキーの傾向で、あまりロシアの土俗的な香りのしない演奏になってしまっていた。音色に陰翳が希薄で、響きが異様に鋭いのも気にかかる。昔のゲルギエフとマリインスキーの音は、こうではなかった・・・・。

 先日の「悲愴」でもそうだったが、譜面台を置かずに暗譜で指揮をする時のゲルギエフは、音楽のつくりがいっそう自由で、テンポや強弱の変化が大きくなる。
 それ自体は悪くないのだが、今日は、なぜこんな個所でいきなりテンポを落したり音を弱めたりするのかなと訝られるような━━敢えて言えば作為的にさえ感じられるところがいくつかあったのだ。昔のゲルギエフには、こんなことはなかった。変幻自在といえども、もっと自然に流れていた・・・・。

 とはいえ、ここぞという個所での盛り上げが強烈なところは、いつものゲルギエフである━━「第5交響曲」の第4楽章終結部は、その一例だ。
 アンコールは「くるみ割り人形」の「パ・ド・ドゥ」。この曲の演奏にも、これらのことが全て当てはまる。

コメント

大阪で拝聴しました

来日最終公演のプログラムは、シチェドリンの[お茶目なチャストゥーシュカ]と、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、ソリストは五嶋龍さん、それとショスタコーヴィチの交響曲第5番でした。ロシアを堪能させていただきました。五嶋さんの演奏もお見事。ゲルギエフさんのショスタコーヴィチも圧巻でした。私、このオケ初めてなのですが、拝聴出来て嬉しいです。

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「交響曲・協奏曲編」全公演 コンサートマスター

今回の来日公演の一連の「交響曲・協奏曲編」では、全ての公演でコンサートマスターがミュンヘン・フィルからゲストとして迎えたロレンツ・ナストゥリカ・ヘルシュコヴィチさん。
過去のマリインスキー歌劇場管弦楽団来日公演でも招かれており、ゲルギエフから厚い信頼を得ている方だと思いますが、個人的には彼がリードするマリインスキー歌劇場管弦楽団は全く面白くありません。従って、12月5日以降の公演の満足度は全て「中くらい」でした。
ミュンヘン・フィルとの公演では欠かせない人材ですが、マリインスキー歌劇場管弦楽団の公演まで彼がリードする必要はあるでしょうか。
マエストロにも大いに認識してもらいたいところ。しかし、実際はリハーサルが十分できないゲルギエフに代わって彼が統率しているからこそ高レベルの公演が成り立っているのかもしれません。
一方で、管楽器ソリストの活躍は前回来日公演同様、たいへん満足しました。

イロイロ考えさせられたコメントです。  海外オーケストラの公演でコンサートマスターをい入れ替えるというのは、(いくら信頼性のある方とはいえ)私としては違うオーケストラのように見えてしまってね…好ましくありません(ヘルシュコヴィチさんのように誰が見てもわかる風貌だと余計ね…)。それに指揮者には馴染みでも楽員はそうではないわけで…。 例えば、リッカルド・ムーティの振るウィーンフィルの日本公演のコンマスがロバート・チェン(シカゴ響)だったら……? いくら優秀な方でも(←互いに)急に質の高い演奏をする事は限界があると思います。 最近、N響が海外のコンマスをゲストに招く事が多いです。個人的にはとても嬉しいですが、上記の事は気になります。 …と書いておいてなんですが、今年ヘルシュコヴィチさんがゲスト出演したN響のブルックナー3番 他 は素晴らしかったです。  あとゲルギエフに関してですが、「リハーサルが十分できない」とは……指揮者としてどうなのか…ということになりませんか? リハーサルで十分に仕上げるのが指揮者の仕事だと思うのですが……。 例えばパーヴォ・ヤルヴィ。彼はどんなに忙しくても必ず結果を出してきますよ。本番合わせるだけなら指揮者が誰でも同じです。私はかつてはゲルギエフのファンでしたが、最近は彼の本来の持ち味だった野性味(決して雑、乱暴ではない)も無くなり空虚で淡々とした音楽に不満を覚える事も少なくありません。「リハーサルが十分できない」のが原因なら仕事をセーブするべきです。来年はウィーンフィルと来ます(コンマスはヘルシュコヴィチさんではないでしょ?(笑))! 楽しみに待ちたい……。

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彼の指揮でPMFショスタコ11番、ロッテルダムフィル、マリンスキーと3度聞いています。彼は長大なロシアオペラやバレーを指揮しながら外国のオケも振るという超人的な活躍をしているのですがここにきて体力 気力に陰りが出てきたのかも。ゲネプロ直前に現れるのが常というのですから無理というものです。

話は極端ですが最近聞いた大学オケはメインの曲も学生が指揮しラフマニノフ2番で多少の傷はあるけれどプロオケを上回る感動あたえてくれました。6か月のリハーサルが曲の全てを若者の胸にしみこませた結果といえそうです。

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