2020-04

2019・11・25(月)マレク・ヤノフスキ指揮ケルン放送交響楽団

     東京文化会館大ホール  7時

 これは都民劇場サークルの公演。
 チョ・ソンジンをソリストにしたベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第4番」と、シューベルトの「交響曲第8番《ザ・グレイト》」というプログラム。

 協奏曲では、冒頭のチョ・ソンジンの落ち着いたソロと、ケルン放響の弦の柔かな響きの拡がりが良かったが、その後の演奏には、どうも両者の呼吸に齟齬があったように━━特に第3楽章━━思われるので、触れるのはここまでにしておこう。

 シンフォニーの方は、ある意味で面白い演奏だったと言っていいが、とにかく恐ろしく攻撃的な「ザ・グレイト」だった。
 ティンパニの豪打はその象徴的なものだろう。ベートーヴェンの「5番」のような曲ならそれもいいが、ここではまるでボクシングをやっているシューベルトみたいに思えて、私は少々辟易した。

 いわば奔放な「ザ・グレイト」というか、アンサンブルも管のソロも、あちこち粗い。第1楽章冒頭のホルンのデュオは何とも自信無げだったし、第2楽章でのトランペットも何となく軍隊ラッパ的な、乱暴な吹き方だ━━特にあのホルンの天国的なエコーを通り過ぎて主題が戻って来たあと、フォルティッシモになる直前(第176~181小節、つまり【F]の前】)でのトランペットを、あんな風に荒っぽく吹かせ、「変なメロディ」(失礼)を前面に飛び出させた演奏は初めて聞いたし、驚いた。
 もっとも、乱暴でない個所では、時に浮かび上がる内声部の「本来は目立たぬ旋律」が、すこぶる新鮮な効果を生んでいて、そういった個所も少なからずあったのは事実なのである。

 ヤノフスキのテンポは非常に速い。第1楽章と第3楽章の反復指定はすべて遵守(但し第4楽章提示部の反復は無かった)していたにもかかわらず演奏時間は55分を切っていたから、相当速い方だろう。弦の奏者たちが大きな音を立てて物凄い勢いで譜面をめくることが何度かあった━━いいことではない━━が、これもそのテンポのせいだろう。

 しかしエネルギー感は、特に第4楽章では強力だった。コーダのクライマックス、コンサートマスターはじめ弦の奏者たちが全身を大きく揺らせながら2分音符を繰り返し弾いて行くさまは、何か一種の魔性的な祭典の中で踊る人々のような凄味を感じさせたし、もちろんその演奏も並外れた力を噴出させていた。ともあれ、良くも悪くも騒々しい「ザ・グレイト」だったが、その分、ナマ演奏ならではの面白さもあったのである。

コメント

お疲れ様です。
東条先生言われるような事があったのは事実ですけれど、ヤノフスキも、いつも同じ事をしていても、と思ったのではないでしょうか。ベースとしては、古いタイプに属する指揮者でしょうから。でもこのオケは、やはりヨーロッパ第一級です。柔らかく、深みのあるいい音。いつまでも聴いていたい。アンコールは、ピアノは、ブラームス作品118-5、オケは、ベートーヴェン8番第2楽章いわゆる「メルツェルさんおはよう」。

ソンジンの粒だった美音と繊細さは相変わらず素晴らしい。彼好みの選曲。
ザグレイトは来年早々には81歳とは思えぬ、ヤノフスキの指揮、その音楽の激しさスピードパワー圧倒されました。楽員も指揮に応じてCM他弦楽各部首席以下も凄い動きでこれまたびっくり、猛烈疾走の演奏後のにっこりと各首席は満足した表情。予習で聴いたアンノンクールRCOとは異なるものの、個性的な演奏で日本のオケでここまで徹底した演奏は期待できない。アンコールまでする馬力にも感心。
先週聴いたパーヴォのRCOの指揮を上回る動きでした。柔らかく艶やかなRCOの響きの美しさとは対極の演奏なるも、これまたライブで聴ける面白さの醍醐味です。

 名のあるオケでも、こんなことがあるのか…という感じでちょっとびっくりしたのですが、それ以上ににびっくりしたのは、またまた、ブラボーをかけた人が3~4人いたことです。他の部分は素晴らしかった、とか、ある意味、慰み的にかけた人もいたのかも知れませんが、アマチュアでもないのですから、控えるべきだと思います。もっとも、状況を把握できていない人や、最初から騒ごうと思ってやった人もこの数人の中にはいるのかも知れません。
 こうした状況はやはり、続くプログラムにもいい影響は与えなかったと思いました。ヴァイオリンなど何人かは、コンチェルトの最初から何かオーバーな弾き方をしていたのですが、「グレイト」では、上記の方々のコメントのような粗い、速さが目立ってしまったことに、いろいろと面白く、興味をそそる演奏ではあったのですが、プロとは言え、何か、引きずる所はあったようにも、個人的には感じました。
 以前、名古屋で、別の名オケのカルテットの演奏会で、主催者からアナウンスがあったにも拘らず、後半も楽章間の拍手を執拗にする人がいて、メンバーの顔が見る見る紅潮し、演奏後、カーテンコールは1度、アンコールもなく終わったことがありました。
 昨今、不要に拍手やブラボーがうるさく、また、長すぎる演奏会が多いわけですが(帰る時間が遅くなって、終電、特に新幹線に乗れないなど、困っている人も実際にいるようです。)演奏者の側も、あきれていることが多いようです。聴衆1人1人もそうですが、ホールや興業元、サークルの関係者の方々も、もっとそうした所に言及すべきと思います。
 また、チョ・ソンジン氏の演奏は、なかなか楽しめたのですが、平凡な演奏家に比べれば「繊細」ではあるかも知れませんが、左手を中心に、打点をコンパクトに強調するフレーズ、それによってメロディを引き立てようとするところが多い演奏で、そうした所に面白さや演奏の妙があり、個人的には、「美音や繊細」さがメインの演奏ではない、と思いました。

無理につき合う必要はないです。終電に間に合わないなら、演奏が気に食わないなら帰れる時間に帰ればいいです。誰も引き止めませんよ。多少周囲の迷惑になるが楽章間に退場する事だって出来ます。自由です。演奏中に時計を頻りに気にしたり、ソワソワと落ち着かなかったり、ため息をついたりする人に時々出会いますがしらけるんですよね。早く帰ってお休み下さい。ブラボーや拍手もその人には好く聞こえてるんだからいいじゃないですか。(楽章間はまた別問題)。感じ方は人それぞれです。だいたい耳の形状だって違うし、席一つズレただけで違って聞こえることだってあるんですよ。周りの人も自分と同じ音を聞いてるとは思わないことです。ヤノフスキは常任の指揮者ではありませんから合わない部分もそりゃあるでしょう。そこも含めて楽しめるようになれれば良いと思います。外来公演が客演指揮者で聞けるなんてむしろ幸運なことなんですよ。限度は勿論あるが終わった後の拍手やブラボーなんかにいちいち不満を漏らしたりなんかして。きっと音楽を聴いて感動で涙を流す……なんて経験ないんじゃないですか?気の毒なことですが、それも人それぞれです。聴き方が違うんだから仕方ない。ただそういった人を排除するように促すようなコメントはどうかと思いますよ。

 上記のG氏の記事については、少々、趣旨が私にはわかりにくく、コメントしづらいのですが、まず、繰り返しになりますが、演奏会には、国内外のオケを問わず、平日に有給休暇をとって、仕事の都合をつけ、わざわざ遠方から良い音楽を求めて来場になる方も結構いらしゃいますし、その日のうちに、新幹線で帰らなければ、次の日の仕事に支障が出る、そうした方も多くいるのです。
 もう何年か前に、この都民劇場のサークルで、ミンコフスキーが、前半終了後のあまりにも長い拍手に対して、「もういい、」とゼスチャーで示し、ようやく休憩になった、ということがありました。その後、数回、やや短くなりかけたこともあったのですが、その後もサークルは不要に拍手が長いと思います。遠方からきている方々も基本、最後まで一生懸命に演奏を聴きたい、と思う中で、無念にもお帰りの方も結構いると思われます。G氏の、コメントは、そうした方々の気持ちや状況に対して、少々、無頓着なご意見だと思います。
 また、ブラボーや拍手もその人には好く聞こえれば、周囲の迷惑も考えずに大音量でやってい良いものなのでしょうか。私はこの8~9年くらいの間に、9~10歳くらいの女の子が、後ろの席の男性客のうるさいブラボーや拍手で耳をふさいで、怯えたように、母親に寄り添う…そうしたシーンを少なくとも3回くらいは(そのうち1回はこのサークル)、見たことがあります。また、これに類することとなると、更にもっともっと、ということになりますが、耳にキンキン来るほどの音量、「限度」を超えた拍手やブラボーは相当に迷惑なものですし、そうした迷惑がまかり通ってしまっているのが、現在の日本の演奏会の状況でもあります。G氏のお言葉をお借りて言えば、「感じ方は人それぞれだからこそ、また、周りの人も、自分と同じ音を聞いてるとは思ってはいけない」からこそ、迷惑にならないような配慮が必要なのです。また、そうした周囲の迷惑がわからない人々こそ、「音楽を聴いて感動で涙を流す経験」がお有りなのか…私は、そうした深い感動を経験をした演奏会は、数十年たっても、この曲のこのフレーズで…という記憶があるのですが、年中、ブラボーをかけている方々はいかがなのでしょうか。
 また、「ヤノフスキは常任の指揮者でないから、合わない部分もある、」とのご意見ですが、この演奏については、他の方のHPなどでも結構詳しい状況がかかれていますが、人間ですから、間違いはありますし、とりわけ奏者の体調などもあるでしょうから、私もHPにお書きになっている方々も基本、「びっくりした」という気持ちが主で、別に誰かを責める、という気持ちもさらさらないのですが、客観的に言えば、アマチュアでもあまりないミスであり、「そこも含めて楽しめる、(7あるいは楽しむ)」というものでもないし、ましてやブラボーと称賛するものでもないと思います。
 更に「外来公演が客演指揮者で聞けるのは幸運…」ともお書きですが、このコンビは、本拠地で何回か顔合わせしている以上に、録音もしているようですし、そんなに特別でもないと思います。音楽監督とか首席指揮者、首席客演指揮者の肩書などがない人でも、ツアーの指揮者に選ばれ、好演が聴かれることは他のオケでもいくらでもあることです。
 また、G氏はこの演奏会にはご来場なされたでしょうか。私も、いくつか行っていない演奏会について、関連事項として書かせていただいたことも結構ありますが、基本、別プログラムでもよいので、演奏会の現場での実体験や知識、感想を共有した上で、お書きになることをお勧めしたく思います。

無記名氏の御反論に対して

夜遅くまで御苦労様です。相当御立腹させてしまったようで、お姿目に浮かびます。 「趣旨がわかりにくくコメントしづらい」…でしたか? 簡潔に書きすぎたようで御理解頂けなくて残念です。 「平日に有給をとって、仕事の都合をつけ、わざわざ遠方から(中略)新幹線で帰らなければ仕事に支障が出る」→社会人なら当然のことで私だってそうです。それでも都合をつけて予定を組んでいます。なぜ個人の都合に他人が巻き込まれなければならないのでしょうか? 「“都民劇場サークル“…ミンコフスキ。前半の長い拍手」→コンサートマスターが判断して席を立つべきで、普段からそうなら主催者側の対応不足もあると思います。「無頓着」とのことですけど、帰りの時間に間に合わないなら私だったらさっさと退場します。自分の都合に他人を巻き込むべきではないし実際そうならないように予定を組んでいます。 「“ブラボー、拍手“好く聞こえれば迷惑も考えずに大音量でいいのか」→これに関してはハッキリと「限度は勿論ある」と書いているので感情に流されずに御解読頂きたいですね。曲が終わった後(フライングはダメ)、起立して正面を向いたとき、ソロ奏者が単独で起立したときくらいならブラボーがかかっても私はいいと思います。全体的にはダメでもソロは好かったなんてことだってあります。確かに女の子の件は可哀想ですが…(ただこういった御子様が時には周囲に迷惑を掛けている事実もあるのです)。 「年中ブラボーを掛けている」→繰り返しますが一度のカーテンコールで何度も何度もわめくとか限度を越えなければいいと思います。 「アマチュアでもないミス」、「そこも含めて楽しめるものでもない、ブラボーと称賛出来るものでもない」→そんなに酷かったならむしろ一聴の価値あります。 もうお気付きでしょうが私はこの日の演奏は聴いていません。が、聴いていない人間は語ってはいけないのでしょうか?私がコメントしたのは無記名氏のコメントに対してであって演奏に対してではないのです(ペンネームであっても一応は名乗るべきではないでしょうか?ここから先ず無礼ではないかと私には感じられたのですよ。またそういった方が周りを扇動するようにコメントをする事に私は恐怖感を覚えたのです)。

 度々、東条先生のこのサイトで、同じような記事ばかりになってしまい、大変恐縮なのですが、上記G氏の記事に関して再度、書かせていただきます。
 東条先生のこのサイトでのコメント、記事は、当然、東条先生がお読みになって、東条先生がお選びになった記事なら何でもよいわけですが、基本的に先生がご鑑賞になった演奏会について、ご一緒に「実際に鑑賞した演奏会」もしくは、同じ演奏団体や指揮者、ソリストの別プロを「実際に鑑賞した」上で私も、他の多くの方々もまじめに、客観的に、時に主観的に、しかし、また多角的に、できるだけ具体的に演奏内容や会場の状況について、見聞きした現実を「批評」として、あるいはレポ的に書かせて頂いている訳です。
 G氏については、このケルンや他のいくつかの記事についても、実際に見聞していない、あるいは会場の状況を実体験していない状況で、憶測や想像、あるいは空想の域でコメントしておられ、とりわけ、「私がコメントしたのは無記名氏のコメントに対してであって演奏に対してではないのです」と公言してもおられますが、これは、サイトの趣旨にズレており、ナンセンスなことでしょう。
 細かく、また繰り返しになりますが、今回、この都民劇場特有の拍手(特に前半プロ後)のあまりの長さについては、遠方からお越しの方が「巻き込まれ、帰らざるを得ない」のであって、なにも遠方の方は「巻き込んで」はいないのです。他の記事(御立腹させてしまったようで…とか、こういった御子様が時には周囲に迷惑を掛けている…など)についてもそうですが、失礼ですが、何か短絡的に断定、あるいは脈絡なく、お読み、お書きにになっておられると思います。(因みに、私は大体、都内の主な演奏会会場からはどこでも23:30頃に出れば家に帰れるので、どれだけ演奏会の時間が延びても、問題はないのですが。遠方からご来場の方々の残念な思いをお察ししての意見です。)
 また、拍手やブラボーのことについては、別項で他の方が極端なことを言っておられますが、今まで「拍手やブラボーをしてはいけない」などとは一度も書いたことはありませんし、言うまでもなく、絶対にありえないことです。G氏ご本人がおっしゃているとおり、「限度を越えた」ものが近年、非常に多く、「限度を越えることよる迷惑」が「多発」していることについて、度々、書かせて頂いているわけです。、加えて、演奏ミスがあったのにかけてしまうブラボーなどは、到底、多くの理解あるファンの「共感」を伴わず、かえって不自然な空気を助長したり、演奏家にとっても迷惑であり、また、みっともないことであることは、前にも書いた通りです。
 私自身、直接あるいは間接的に、結構著名な演奏家の方々とのアクセスもあるのですが、「演奏あまりわかってないのに騒がれても…」という方々、ご自身が納得できてない演奏を変にほめられても…という方々など、できる演奏家の方々ほど、ご自身の演奏内容について達観してよく考え自省し、クールにファンの良し悪しもよく見ている、あるいは直感的に察しているものです。
 現在の大騒ぎをしてしまう日本の一部のファンについて、国内外の優秀なオケのメンバーやソリストが、表面的には笑顔で、時にリップサービスたっぷりでも、本当は、本心どう思っているのか…そのことを良く頭に入れながら、演奏会に臨みたいところです。

度々申し訳ありません。これで最後にします。

御理解頂けそうもないので簡潔に書きます。 先ず無記名氏は御自身が既に“限度を越えた““極端な“存在だということを自覚するべきでしょう。良識、常識があるというような書き方をされていますが、“他人様の家“に名前も名乗らず、何の挨拶も無しに上がり込み自分の理想論を延々と自分勝手に捲したて、著名人との交友関係までひけらかした挙げ句に個人批判まで飛び出す始末。 繰り返しますが “無礼“ です。 私に言わせれば“安物の正義感“が(子供を縦に話を正当化しようとしていたりなど)時として誤った方向に暴走しがちなのは歴代の世界のリーダー達を見ても明白です。氏が御自分の理想だけで大暴れすることで何の罪も無い一般大衆(観客)が息苦しい(犠牲)思いをするのです。 “都民劇場“のコンサートには何度も足を運んでいるので実態がどんなかは既に知っています。演奏中に高齢の女性が客席内の通路を徘徊していたりとかね(長すぎる拍手も含め責任の所在は既に記した通り)。 きりがないのでこの頁ではこれで以上とさせて頂きます。詳しくはゲルギエフ/マリインスキー「マゼッパ」の頁に掲載頂いておりますので御熟読、御熟考頂ければ幸いです。この頁の無記名氏の文章を拝読させて頂いて感じたことと見事に合致する内容で自分でも驚いております。

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