2020-04

2019・11・20(水)METライブビューイング「トゥーランドット」

    東劇  3時

 新シーズンのMETライブビューイングが始まった。
 上映予定作品は10本で、ベルクの「ヴォツェック」、ガーシュウィンの「ポーギーとベス」、フィリップ・グラスの「アクナーテン」、ヘンデルの「アグリッピーナ」、ワーグナーの「さまよえるオランダ人」など、私好みの作品も含まれている。特に「オランダ人」(ゲルギエフ指揮)では藤村実穂子さんがマリー役でMETデビューすることになっているので━━脇役なのが残念だが━━とりあえずは楽しみだ。

 第1弾はプッチーニの「トゥーランドット」(アルファーノ補作版)。
 これはあのフランコ・ゼッフィレッリ演出&舞台装置による、プレミエ以来30年以上になる豪華絢爛たるプロダクションだ。日本でも1988年にスカラ座が持って来て上演したことがある(指揮はマゼールだった)が、今ではこんなカネのかかる舞台を制作できるのはMETくらいしかなかろう。それにやはりMETのような巨大な空間を持つ舞台でないと、本領を発揮し難い舞台だ。

 今回は指揮がヤニック・ネゼ=セガン、トゥーランドットをクリスティーン・ガーキー、カラフをユシフ・エイヴァゾフ、リューをエレオノーラ・ブラット、ティムールをジェイムズ・モリスといった顔ぶれ。
 ネゼ=セガンは、インタヴュ―でも話していたが、この音楽に含まれる優しさ、叙情的な美しさをも重視した解釈を採っているように感じられる。METのオーケストラの演奏も、それをよく反映したものになっていただろう。

 但し問題は、主役の2人である。
 ガーキーは可愛らしい雰囲気や柔らかい声質などから言って優しい感じのトゥーランドットだったが、しかしたとえ「脅えながらも愛に憧れる女性」(ネゼ=セガンのコメント)などと贔屓目に解釈してやるにしても、求婚者を「軽蔑しながら」30人近くも殺してしまった惨酷極まる業の咎を負うべき皇女の役柄表現としては、それが相応しいかどうか。

 一方エイヴァゾフは、カラフにしては声が細身だ。3年前だったか、ネトレプコと東京でデュオ・コンサートをやった時にも感じたことだったが、いわゆる英雄的テナーではないから、謎解きの場面などではどうしてもパワーが不足することになる。それに、芝居があまりにも下手だ。リューが自らを犠牲にして彼を救った場面での、彼の演技の無表情さと言ったら・・・・。

 惨酷で我儘な皇女、身勝手な異国の王子━━ストーリーは随分いい加減なものだが、プッチーニの音楽は、やはり素晴らしい。特に第1幕の音楽は、彼の最後の輝きだろう。
 ただその一方、ネゼ=セガンは、前記インタヴュ―の中で「・・・・しかし音楽には、ちょっと脆いところがある。おそらく彼は、自らの最期を意識していたのではないか」と語っている。第2幕中盤以降の音楽に関して言うなら、私も同意見だ。

コメント

クラシカジャパン放映のトロヴァトーレ(同じく演出はゼッフィレッリ@ヴェローナ)のマンリーコがヨシフでしたが物足りなさを感じて1幕目で観るのやめました。最近、大劇場でなぜ彼が主役級にキャスティングされるのか、僕には大いなる謎です。

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