2019-12

2019・11・11(月)エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団

      東京文化会館大ホール  7時

 桂冠指揮者エリアフ・インバルの指揮する今回の一連の演奏会は、全てロシアの作品でプログラムが組まれている。その第1弾たるこのA定期は、チャイコフスキーの「フランチェスカ・ダ・リミニ」と、ショスタコーヴィチの「交響曲第11番《1905年》」。都響のコンサートマスターは矢部達哉。

 先日のブロムシュテットと同様、インバルも指揮のエネルギーは相変わらず旺盛だ。インバルの方が9歳も若いのだから当然かもしれないが、それにしても83歳の高齢でこれだけオーケストラを厳しく構築して制御できるのは、やはり見事と言わなければならない。
 もっとも、先頃彼が日本で指揮したベルリン・コンツェルトハウス管と違い、高齢の名演奏家には絶対的な敬意を払う日本のオーケストラであるがゆえに、このようながっしりとした演奏を以って応えることができる、といった見方もあるだろう。

 「1905年」では、インバルは第1楽章冒頭から強いテンションに溢れた指揮で開始した。弦も最弱音というよりは、むしろ強めの「p」で非常に明確に奏される。
 従ってこの楽章は、多くの指揮者が採るような、悲劇の前の神秘的な静寂を描く、という表現でなく、既に一触即発の緊張感が宮殿前広場一帯に立ち込めている━━とでもいった雰囲気になって行くのだ。

 彼の指揮が持つこの勢いが交響曲全体を支配するため、銃撃の悲劇から哀悼の歌へ、未来への闘いへの昂揚━━と進む流れが、一つの緊迫に満ちたバランス感の中に統一される結果を生んだとも言えよう。インバルは極めて切れのいい、シャープなリズムで、曲をたたみ込んで行った。
 ただ、それはいいのだが、このホールのアコースティックの所為もあって、怒号絶叫の個所におけるオーケストラの音色は些か混濁気味になっていた、という印象も拭えまい。

 「フランチェスカ・ダ・リミニ」でも、インバルの指揮はほぼ同じ傾向を示していた。だが、チャイコフスキーの作品の中で、必ずしも優れた作品とは言い難いこの曲の場合には、それがインバルのような真正面から取り組んで厳しく構築するタイプの指揮に応えられるものかどうか、ちょっと難しいところがあろう。

コメント

重要なコンサートが重なるって嫌ですよね

11/11はインバル都響を聴きに行かれたのですか、、、
ティーレマン指揮ウィーンフィルのブルックナーSym8を聴き逃したとは本当に惜しいですね。
数年に一度の大変な名演でしたよ。
インバルとティーレマンの重要なコンサートが重なってしまう東京って本当に嫌な面がある街ですよね。

フランチェスカ・ダ・リミニに関してはことあるごとに曲の価値が低いと仰っておりますがそうでしょうか?チャイコフスキーの中でも屈指の名曲だと思います。最近よく取り上げられるようになり嬉しい限りです。地獄の表現がくどいことは認めますがそのくどさが価値の一つ。インバルではこの曲の本質的なところは表現できないでしょうね。2月のクルレンツィスの演奏は極めつけだったと思います。

フランチェスカ…

サロネン指揮の演奏が素晴らしいです。ネットで検索すれば幾つかは聴けるのでは?

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