2020-07

2019・8・26(月)第17回 東京音楽コンクール 声楽部門本選

      東京文化会館大ホール  6時

 こちらは東京都歴史文化財団東京文化会館等が主宰するコンクール。今年は木管・ピアノ・声楽の部門に於いて開催された。応募総数は402名の由。

 すでに木管部門は22日に、ピアノ部門は24日に本選を終っている。今夜が締め括りというわけである。
 1階席のほぼ8割5分が聴衆で埋め尽くされるという賑やかさの裡に、現田茂夫指揮東京交響楽団のサポートにより、声楽部門応募者72名から第2次予選までを通過した5人の出場者が登場、オペラのアリアなどを各々3~4曲(各計20分ほど)歌い上げた。

 8時50分から壇上で行なわれた審査結果発表によれば、第1位該当者なし、第2位と聴衆賞が工藤和真(テノール)、第3位が井出壮志朗(バリトン)。以下「入選」が、小川栞奈(ソプラノ)、前川健生(テノール)および竹下裕美(ソプラノ)。

 事実、工藤和真は声質こそ少し地味ながら表現力には傑出したものがあり、井出壮志朗も歌唱のニュアンスにおいて優れたものを出していたと思われる。
 それにしても、1位なしは残念。大島幾雄・審査委員長や小林研一郎・総合審査委員長の審査結果報告や講評は、今年は総体的に「本選に出す前にもっと絞り込んだ方がいいのではないか」のレベルだった、という、恐ろしく辛口のものだったが、なるほど歴戦の歌手たちによる審査委員陣から見れば、そういう厳しい見方になるのだろう。

 とはいえ、私などは、出場者5人ともになかなかスジのいい若者が揃っていたと思いたくなるのであって、小川栞奈は声が明るく美しいし、前川健生も若さに任せた勢いが微笑ましく、「ばらの騎士」のテノールの歌など結構いい雰囲気を出していたという気がする。また竹下裕美も「エフゲニー・オネーギン」の「手紙の場」などという「難しい」ものを取り上げ、あそこまで一所懸命歌った意欲を誉めてあげたいところであった。

 それにまた講評の中で、「オーケストラと溶け合わない」歌い方がかなり強く批評されていたけれども、私としては、むしろ指揮者とオケの方が、いくら何でももう少し歌に「合わせて」演奏してやれないものかね、という印象が、最初から最後まで抜け切れなかった、と言いたいところだ。今夜のオケの演奏は、いかにも機械的で、そこにはどう聴いても、若者たちの歌を盛り上げてやろうとする「温かさ」が感じられなかったのである━━。

コメント

ありがとうございます。おっそろしく正しい御意見に、ほとほと感服致しました。若い声楽家を応援する者として、心より感謝申し上げます。

大学の試験の審査をしている先生方が、大学の外で行われるコンクールの審査員も務めるという日本の悪しき慣習を改めていかないと、一流の音楽家はなかなか日本から出ないと思います。

 上記、ワグネリアンさんの意見に賛成です。実際、数年前ですが、別の全国コンクールで、実質上、コンクールの審査委員長とも行っていい、音大教授(中でも要職)の愛弟子が優勝する、ということがあり、唖然としました。しかも、歌唱順も抽選ではなく、主催者が決めたのですが、優勝者は中盤の一番緊張しない、と思われる順番でした。これでは、忖度があったといわれても仕方がないのではないでしょうか。
 また、このコンクールでは聴衆賞、というのがありました。開演に間に合った人に、投票用紙が配られたのですが、私の隣に座っていた男性は3人目の途中位で退席したので帰ったとおもったのですが、休憩時間、即座に会場を出たところ、ロビーで菓子を食べていました。他にもロビーでくつろいでいた人は複数いたように記憶していますが、要するに、組織票が動いていた、といわれても仕方ないのではないか、と思いました。
 近年、こうした聴衆賞の結果を総合結果に織り込むようなコンクールもあるようですが、これは以ての外のように思います。
 合唱のコンクールなどでも、海外から招いたゲスト団体に土産がわりに授賞する、あるいは、指揮者の振り遅れ、パート間のアンバランスが目立ち、都道府県レベルのシード演奏の段階から疑問の声が上がっていたのにもかかわらず、ベテランだからということなのか、全国コンクールで高い順位になってしまう、また、都道府県によっては、ほとんど毎年、3~4人審査員が同じ、というところもあるようです。
 また、先日も、全国コンクールで金賞、という社会人の合唱団の演奏会に行ったのですが、今年、自らも複数の合唱コンクールの審査をした指揮者は、曲の出だしも最後も合わない、曲想も表現も特になく、まあ、これだけ人数が多ければ、それなりに聴こえるでしょう位の内容…つまり、コンクールはコンクールで特別のもので、必ずしも押しなべて全ていつも演奏力が高い、とは言えないのだと改めて思いました。
 そもそも、音楽に順位がつけられるのか、という問題もありますし、個々の歌手の方々についても、コンクールで優勝、入賞したからといって、その後の活躍も必ずしも一流、というわけでもないようです。
 人によっては、優勝したことで、いわゆる天狗になり、高飛車に振舞ってしまうことで、周囲に迷惑をかけ、活躍の場も減り、その後の修練も怠るようになった…そんな例を私もいくつか見知っています。
 以前、TOU TUBUで飯塚の声楽コンクールの審査結果の発表の好評を見たのですが、ある先生が「これは、ひとつの過程、音楽には演奏家の人格が出る、絶え間ぬ精進が必要」とおっしゃていました。
 コンクールの結果をやみくもに目当てにして演奏会に足を運び、大騒ぎをするファンも多いわけですが、それはナンセンスだと思います。
 以上、取り留めなくいろいろ書いてしまいましたが、コンクールの結果は参考にはなりますが、その先、どの演奏家、演奏団体をどのように評価して聴いてゆくか、あるいは見極めるか、ということは、本当はなかなか難しいことであるのではないか、と常々考えているところです。

 審査員の方々の内、どなたの主張かは存じませんが、今年は総体的に「本選に出す前にもっと絞り込んだ方がいいのではないか」のレベルだった、とのことですが、本選に選ばれなかった方々の中にも、よい努力をして、ご活躍の方は複数いるように思います。
 こうした所で厳しくするならば、例えば、昨今、オーケストラで、既にプロとして自立している奏者の方々について、ミスが多かった時まで立たせて賞賛させてしまう指揮者の方がおられるようですが、こうしたことなどは控えるよう、に注意を訴えかけるべきでしょう。
 また、ある指揮者の方がよく共演するアマチュアの合唱団の方々が、この指揮者の方が指揮した演奏会に大挙押し寄せたのはいいのですが、演奏中、私語が多くて、多くの人が困った、との話を聴きました。
 自立したプロにこそ、また、身内にこそ、不動明王のように厳しく叱咤激励する、そうした「炎」を燃やして欲しいと思います。

 上記、所々、誤字が多く、失礼いたしました。

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