2019-12

2019・7・21(日)大野和士指揮 プッチーニ:「トゥーランドット」

     新国立劇場オペラパレス  2時

 「オペラ夏の祭典2019-20」の「トゥーランドット」、新国立劇場では4回公演で、不思議にも4回のうち3回がAキャストだ。
 そのAキャストは7月14日に観たので、今回は3日目のBキャストを選ぶ。出演はジェニファー・ウィルソン(トゥーランドット)、デヴィッド・ポメロイ(カラフ)、砂川涼子〈リュー〉、妻屋秀和(ティムール)、持木弘(皇帝アルトゥム)、森口賢二(ピン)、秋谷直之(パン)、糸賀修平(ポン)、成田眞(役人)他。

 新国立劇場の1階席中央やや後方はオーケストラの響きがやや弱く聞こえる、というのは以前から承知していたが、今日のバルセロナ響も、東京文化会館で聴いた時よりは、少々控えめに聞こえた。━━しかし、その所為だけではなく、何となく今日の演奏は、オーケストラや合唱やソリストを含め、「落ち着いていた」のではなかったか? 幕開きで役人が歌う場面から、不思議に緊迫度の低さを感じてしまったのである。先日の東京文化会館での演奏が、少し荒っぽいけれども熱気が吹き上げるような勢いに満ちていたのとは、些か違った。

 それがこの劇場の雰囲気の所為なのか、あるいはBキャストがこの劇場で歌うのが初めてだったからなのかは、判別し難い。ただ、ジェニファー・ウィルソンの声が柔らかくて、オーケストラを突き抜けて来る威力に不足していたこと━━特に最終場面ではそれがもどかしかった━━と、ポメロイの歌い方がずり上げるような、一種の旧式なアクの強さを感じさせたことは確かだろう。
 際立っていたのはリュー役の砂川涼子で、これはAキャストの中村恵理に比して一歩も譲らぬ歌唱を示していた。

コメント

私も上野と初台を1回ずつ別組で見ました。演奏の勢いのムラよりも、そもそもなぜピット経験のないオーケストラを、上野座付きの都響や初台座付きの東響、東フィルを外してまでしてわざわざスペインから呼んだのか、疑問を感じました。歌を聴かない、音量を抑えられない、ソロパートの入り損ね事故も多かった。日本のオケにはない独特の音色が出た瞬間には、とても魅力を感じはしましたが・・・。

大津では

びわ湖ホールで連日鑑賞しました。初日には思わぬ停電による中断という事故まで。
今回、東京・大津・札幌の3都市での公演の意義は大きいと思うものの、どうして同じものを東京文化会館と新国立劇場でやったのでしょうね。企画が発表されたときから疑問に思っていたことですが、音楽や舞台の観点からすると何の意味もないと思います。もちろん、これまでにない国と東京都のコラボという意味合いはあるのでしょうが、聴衆の側からすれば関係のないこと、別の演目を用意するなりのやり方だってあるはずです。まあそれは大人の事情だとしても、今回のような企画を主導するのが芸術監督の仕事だとは思いません。初台の監督という立場上、ポリティクスに巻き込まれるのは避けがたいのでしょうが、大野さんにはそんなところに精力を割いてほしくありません。
それとオーケストラのこと。量感は充分でパワフルな音を響かせていましたが、同楽団の音楽監督だからといって、この企画にわざわざ連れて来る必要が果たしてあったのでしょうか。以前のリヨンのオーケストラとの凱旋公演では、その価値はあると感じましたが、今回は国内の手兵、東京都交響楽団でよかったのではないでしょうか。その分で浮くコストを東京文化会館での別演目に充てれば、よほどオペラファンには喜ばれたのではないかと思います。

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