2021-06

2019・5・28(火)ネルソンス指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

      サントリーホール  7時

 余波を警戒し自重、日曜・月曜の演奏会は欠席連絡をして蟄居していたが、そうばかりもしていられないので、今日は痛み止めの薬を服用しつつ、午後からの東京芸術劇場外部評価委員会に出席、次いでサントリーホールに回る。未だ時々嫌な重苦しい脇腹の疼きに襲われるけれど、演奏を聴いているうちにいつの間にか治ってしまったようである。

 そこでライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団━━。
 2018年2月に第21代カペルマイスターに就任したのがアンドリス・ネルソンスだが、彼とのコンビではこれが最初の来日だ。

 最初に演奏されたのが、バイバ・スクリデとの協演による、ショスタコーヴィチの「ヴァイオリン協奏曲第1番」。5月18日に本拠地で1度演奏しているし、昨晩の公演(東京文化会館)でも演奏済みだから、今日は絶好調の協演というわけだろう。
 スクリデの清澄な音色と、ゲヴァントハウス管の重厚で陰翳の濃い響きとの対比が、絶妙な世界を創る。ショスタコーヴィチのこの曲がこれほど綺麗に聞こえたことはかつてなかったほどだ。
 彼女が弾いたアンコール曲は、ウェストホフの「鐘の模倣」だったが、これがまた美しい。太陽の光が波の上にきらめき、珠玉のような泡(=鐘の音)が現われては消える、といったイメージを想像させた。

 後半には、チャイコフスキーの「交響曲第5番」が演奏された。ドイツの老舗オーケストラも今やこんなに表情豊かにチャイコフスキーの交響曲を演奏する時代になったのか、と変なことに感心した次第だが、━━あまり所謂チャイコフスキーっぽくない雰囲気の演奏だったとはいえ、ひとつのシンフォニーとしての演奏という面では、極めて立派なものだったことは疑いない。

 ネルソンスは、細部にまで神経を行き届かせた指揮をする。この曲は、5月半ばにライプツィヒで3回演奏していたようだから、演奏が完璧に仕上がっているのも当然だろう。内声部の管を丁寧に浮き出せるのも、この曲におけるネルソンスの手法だ。
 が、何といってもこのオケ、弦の厚みと瑞々しさが圧倒的である。第3楽章の中間部では、その弦の細やかな動きがきらきら光る音の粒をつくり出す。それが煌めいて躍動するさまは、「マンフレッド交響曲」の妖精の場面を連想させるほどである。一方、第4楽章のコーダは、スコア指定の「モルト・マエストーゾ」でなく、歓喜の行進のような趣になった。

 アンコールとしてネルソンス、おそろしく長いスピーチ(英語)のあとに指揮したのは、メンデルスゾーンの序曲「ルイ・ブラス」。弦の素晴らしさが、ここでも全開する。流石にゲヴァントハウス管、ゆかりのメンデルスゾーンの作品を演奏すると見事である。あたかも、メンデルスゾーンはおれたちの音楽家なのだ、どうだ━━と言わんばかりの、愛情と共感の溢れる、壮大な演奏であった。

コメント

お疲れ様です。お大事になさってください。
27日東京文化会館です。
バイバ・スクリデのショスタコーヴィチは、柔軟で変化に富み、しかも考えさせる。現代にふさわしい演奏だった。
休憩後のブラームスの第1交響曲は、壮大でありながら、伝統的ではない独自の音宇宙の構築を目指していたように見たが、こちらは、道半ばの感じ。無表情の部分と混在する。
「ルイ・ブラス」は、東条先生仰る通り、嵌った演奏。

兵庫で拝聴しました

兵庫でのプログラムは、東京文化会館と同じく、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番と、ブラームスの交響曲第1番でした。ヴァイオリンのスクリデさんの流れるような演奏はお見事でした。ブラームスの交響曲ではネルソンさんとオケの相性の良さを感じました。残念ながら、時間の関係でか、アンコール無しでした。明日の大阪に期待しつつ、それでも心地良かったです。

大阪で拝聴しました

千秋楽の大阪でのプログラムは、マーラーの歌曲集、子供の不思議な角笛と、さすらう若人の歌、バリトンはトーマス.ハンプソンさん。後半はチャイコフスキー交響曲第5番でした。隣席のご婦人は、ハンプソンさんに会いに東京からいらっしゃったそうです。ホント、情感溢れる見事なバリトンでした。チャイコフスキー交響曲第5番も素晴らしい仕上がりだったと思います。アンコールは、メンデルスゾーンのルイ.ブラス。これも良かったです。アンドリス.ネルソンスさん、情熱的な指揮者ですね。素晴らしいひとときでした。なお、前回のコメントで、ネルソンスさんのスが抜けてました。失礼しました。

お疲れ様です。遅れての投稿失礼致します。 ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番の緩叙楽章が甘美にロマンチックに響いていたのには驚いた。 ハープとチェレスタが絡むくだりは、さながらラフマニノフの後期管弦楽曲を想わせる。極めて新鮮な体験でした。

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 27日の上野の演奏を聴きました。バイバ・スクリデのショスタコーヴィチは、「上記の流れる感じ」、という表現には賛成なのですが、その分、他の奏者の演奏に比べ、やや主旋律までがさらっとしすぎる感じもあったように思いました。
 ブラームスの1番は豊潤なメロディラインなどで満足できる部分も多かったのですが、弦の掛合いなどで構築的に演奏する部分では、上記の方々の表現で言えば(意味合いが違うかもしれず、失礼しますが)、私も「道半ば」という感じを持ちました。
 アンコールの「ルイ・ブラス」は通常のバージョンとは異なる、より大きな編成向けに編曲したものなのでしょう。いわゆる、「入れ事」と言える部分もあった訳ですが、面白く聴かせて頂きました。ただ、終演後のアンコールについての掲示でも、また、この上野のサークルの会報にも、誰がいつ編曲したヴァージョンなのか出ていなかったそうなので、東条先生のブログ上で書いてしまって、また失礼を申し上げてしまって恐縮なのですが、ご存知の方にはご教示いただけるとありがたく思います。

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