2019-06

2019・5・10(金)上岡敏之指揮新日本フィルのワーグナー

      サントリーホール  7時

 ヴェルディの大作オペラに浸ったあとには、ワーグナーの「抜粋もの」。
 新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏と、音楽監督・上岡敏之の指揮。

 プログラムは、「タンホイザー」の「序曲とバッカナール」、「トリスタンとイゾルデ」の「前奏曲と愛の死」、「神々の黄昏」からの「夜明けとジークフリートのラインへの旅」と「ジークフリートの死と葬送行進曲」、「パルジファル」から「第1幕前奏曲」および第3幕の終結部分。コンサートマスターは(上岡の指揮の時としては珍しく)豊嶋泰嗣。
 R・シュトラウスと同様、ワーグナーも、上岡の十八番のレパートリーである。今夜の演奏でも、全ての曲で、上岡らしく凝りに凝った、微細で緻密な音の構築が続く。新日本フィルが今や彼と一体になり、それを具現するようになっているのは流石というべきであろう。

 「タンホイザー」序曲の最初の「巡礼の合唱の主題」の個所からして、管楽器群がテヌート(音符の長さをいっぱいに保って)で歌う。各フレーズがレガート(繋がる)で演奏されることになり、そこからも粘った演奏というイメージが生まれるのだろう。聴き手の好みも分かれるかもしれない。

 「トリスタン」前奏曲最後のコントラバスを、ほとんど聞こえぬような弱音で演奏させるのも上岡の以前からのやり方だが、これは特にコントラバス群の背後、上手側の、しかも遠い位置の席にいると、頭の中で音を補って行くしかない。
 しかし、演奏において、たとえ最弱音と雖も、聴衆に「明確に」聞こえないような音がどんな意味を持つというのか、私には疑問に思えてならない。その意味では私は、故・朝比奈隆氏の「指揮者がいくらピアニッシモだと言ったって、お客さんにピアニッシモとしてはっきり聞こえる音でなけりゃ、ピアニッシモの意味が生きませんからな」という言葉に賛成なのである。

 「ラインへの旅」の最後は、フンパーディンクによる演奏会用終結版が使用されていた。この曲の途中の部分の長いカットは、私は嫌いな手法だが、これをやる指揮者は結構多いのでまあ仕方がないとしても━━「バッカナール」の後半における大幅なカットはぎょっとするほど繋がり方が不自然で、さすがの上岡ファンの私でさえ、いつものような拍手を贈る気が失せてしまったのだが・・・・。
 「葬送行進曲」で、「死の動機」が初めて最強奏で轟く個所への8分音符3つのクレッシェンドを行わず、これも極度の最弱奏のまま続けてしまうというのも、上岡ならではの解釈だろう。
 こうした解釈は、私も以前だったら面白くて興味深い、と書いたところだろうが、正直なところ、最近では少々煩わしく感じられるようになってしまった。

 このように全ての音符に神経を行き届かせ、念入りに構築するという上岡のその感性と手腕には敬意を払う。が、そのわりに感動が少なく、むしろ作為的なつくりが感じられてしまい、しかも疲労感が残るというのは、どういうわけか。
 「トリスタン」では、官能的な情感があまり感じられず、「葬送行進曲」でも、この曲に備わる身の毛のよだつような魔性的なもの、あるいは悲愴美が伝わって来ないのである。それゆえ、比較的ストレートに演奏された最後の「パルジファル」からの音楽が、ワーグナーの音楽が持つ本来の深みと魔力を感じさせてくれたのだった。

 ━━だが、個人的な好みは別として、マエストロ上岡敏之には、今後も彼の流儀を徹底的に押し進め、わが国で唯一のユニークな個性を備えるオーケストラを完成させてもらいたいという願いには、変わりはない。

コメント

上岡敏之のワーグナー

お疲れ様です。ご無沙汰しております。
12日の横浜です。
彼のブルックナーやマーラーよりは、はるかにしっくり来る。冒頭から音楽の息衝きが感じられた。やはりオペラの人なのだろう。
新日本フィルも誠実に応えていたが、ここまでくれば、超一流オケの精緻さと広がりを要求したくなる。

こんにちは。私は上岡氏の演奏を一度TVで見ただけであとは間接的な情報だけですが、その一度の印象が非常に良くなかったです。ブルックナーの3番とアンコールに快速テンポのG線上のアリアでした。
上岡氏には多くの熱心なファンがいることは知ってます。東条様のこのブログでも、氏を手放しで褒めてる事はあまり拝見しない気がします。
また、私は朝比奈隆氏は好きなので、今回引用なさってた氏の言葉も読んだ記憶が有り、東条様の仰ることにも合点がいきます。
奇をてらいすぎ、と言っては言葉が過ぎるでしょうか? あまり細工しすぎると疲れてしまうというのはありそうですね。
最後に「個人的な好みは別として」とあるのが東条様の評論家としての節度だと感じました。

私もサントリーホールで聴いていました。
同じく上岡ファンですが、途中聴力検査を受けているかのような彼のこだわりには、正直疑問を感じました。
ワーグナーもオペラも大好きな私は、序曲を聴いて、その先全部聴きたいと思えるかどうか、その直感を大切にしています。
今回のプログラムの中では、「タンホイザー」と「パルジファル」を上岡指揮の新日本フィルで全曲聴いてみたいと思いました。

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