2021-06

2019・5・9(木)ローザス/コルトレーン「至上の愛」

      東京芸術劇場プレイハウス  7時30分

 今年のGWは、珍しく「ラ・フォル・ジュルネ」にも全く顔を出さなかったが━━。久しぶりに足を運んだのは、ベルギーのダンスのカンパニー「ローザス」の来日公演。上演時間はほぼ50分。

 アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルとサルヴァ・サンチスの振付により上演された今日のコンテンポラリー・ダンスは、ジョン・コルトレーンの「至上の愛 A Love Supreme」という音楽に基づくものだった。
 音源としては、1964年に録音されたジョン・コルトレーンのテナー・サックスとヴォーカル、マッコイ・タイナーのピアノ、ジミー・ギャリソンのベース、エルヴィン・ジョーンズのドラムス他━━どれも懐かしい名前だ━━の演奏による歴史的名盤が使われている由。

 私も、こう見えても、コルトレーンの1966年7月の彼の来日公演をナマで聴いており、これは一応自慢の種(?)なのだが、ただし彼の晩年のフリージャズのスタイルは、もともとジャズに関しては門外漢の私には、特に当時は理解と共感の域から甚だ遠かった、というのが正直なところだ。
 なにしろ、曲が「ムーン・リバー」と知らされながら、彼の絶叫型のサックスの長いソロの中に、あの曲のメロディが出て来たのはたった1回だけ、それも最初の2小節ほどがチラリと顔を見せただけ、という演奏なのだから、私のようなド素人にピンと来るはずがなかったのである。彼は、それからわずか1年後には他界してしまったのだが━━。

 それに比べると、この「至上の愛」は未だ穏健な、良い意味での甘美さもある時代の演奏だな、と、改めて懐かしく思う。どちらかというと落ち着いて静的で、━━このローザスによるダンスも、その静的な要素を浮き彫りにして反映させているのかなという気がする。
 その演奏もダンスも実に魅力的で、何とも形容し難い安堵感に誘いこまれた。
 が、私の隣に座っていたマニアックな感じの人は、いかにも不満そうな唸り声を発して、拍手もしなかった。

 このローザスの公演、この他にも18日と19日に、ジャン=ギアン・ケラスの生演奏によるバッハの「無伴奏チェロ組曲」(2時間公演だというから、全6曲やるのかしら?)との共演がある。残念ながらそれは観に行けない。

コメント

5月11日と18日のローザス

東条さんのブログを拝読し、「そう言えばローザスが来日している」と気付き、5月11日の「至上の愛」を鑑賞。5月10日にチャン・イーモウ演出のバレエ「赤いランタン」を観て、再び躍りへの関心が湧いたのも鑑賞動機。ローザスは初来日を観ており、その後も一度観た記憶。ローザスと言えばライヒの「ドラミング」。「法則に基づき一糸乱れず」「アスレチック」「数学的」というイメージだったが、久しぶりに観たローザスは「精神的」「内面的」な方向にあると感じた。
無音から躍りが始まり、「至上の愛」の音楽に合わせた踊りになり、また、無音の踊りになるという流れは心地よく「キリスト降下」「ピエタ」などの絵画、彫刻のイメージが浮かぶ場面もあった。
最近はオペラやクラシックコンサートに行くことが多いが、若い頃はよく聴いたジャズの生演奏を、また聴きたくなるような公演であった。
東条さんのブログに言及のあった、もうひとつのプログラム「我ら人生のただ中にあって」も鑑賞したくなり当日券を購入。
「ローザスには珍しく生演奏」「バッハ『無伴奏チェロ協奏曲全曲』を聴く貴重な機会」というのが鑑賞動機。実際、チェロは「伴奏」ではなく6番目のダンサー、あるいは1番目のダンサーとも言うべき存在感だった(プレイハウスのアコースティックは意外に良いとの印象だったが、PA使用の有無は不明)。「至上の愛」と同様にダンサーは無音からも音を感じさせた。
チェロは1曲ずつ舞台の場所や演奏の方向を変えて演奏。新鮮な感覚だった。例えば、サントリーホールでこの曲を演奏するに当たって、1曲ずついろいろな方向を正面にして演奏すれば、P席が正面になることもあって面白そう。
ケラスというチェリストにも関心が高まる公演となり、協奏曲を聴きたくなった。

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