2019-05

2019・4・14(日)東京・春・音楽祭最終日
大野和士指揮 シェーンベルクの「グレの歌」

    東京文化会館大ホール  3時

 今年の「グレの歌」3連発の第2弾は、大野和士の指揮。管弦楽は東京都交響楽団。
 声楽陣はクリスティアン・フォイクト(ヴァルデマール)、エレーナ・パンクラトヴァ(トーヴェ)、藤村実穂子(山鳩)、甲斐栄次郎(農夫)、アレクサンドル・クラヴェッツ(道化師クラウス)、フランツ・グルントヘーバー(語り手)、東京オペラシンガーズ。

 山鳩役を歌った藤村実穂子が、群を抜いている。トーヴェの死を知らせるくだりから最後の締めに至るまで、厳しく悲劇的な、壮大な表現で音楽全体を支配していた。聴く者をして襟を正すような思いにさせる、峻烈で凛とした歌唱である。これほど圧倒的な「山鳩」の歌は滅多に聴けないだろう。彼女の凄さを存分に発揮した「グレの歌」であった。

 その他の歌手たちも、概して粒が揃っていたといえよう。
 語り手役のフランツ・グルントヘーバーは杖をついての登場だったが、一つ一つの言葉を噛み締めるようなその語りは劇的で、すこぶる味がある。甲斐栄次郎も、同じように出番こそ短いけれども、非常に立派な農夫という感で、強い印象を残す。
 パンクラヴァのトーヴェも安定した歌唱でよかったが、いっぽう道化師クラウスを歌ったクラヴェッツは、泥酔した男としての演技入りで、それは一つの趣向には違いないが、このステージの中では、些か異質なものだったようだ。

 ヴァルデマール役にフォイクトを起用したのは、あまり適切な選択ではなかったのではないか。びわ湖ホールの「ジークフリート」同様、彼の強靭さのない、リリカルな声は、この役柄に「王」としての力感を失わせる。妻トーヴェを喪った王の悲しみと神への恨みとがこの物語の基幹を成していることを思えば、そしてこの役の歌唱パートが激烈なオーケストレーションに彩られていることを併せて考えれば、温室育ちの王様といった雰囲気では困るのである。他の歌手陣が極めて強力で優秀だったため、いっそうその感を強くする。

 もっとも、今日の大野和士は、このヴァルデマールの歌唱部分のオーケストラをさえも極めて巧く響かせ、徒に声がマスクされぬよう気を配っていたようである。
 それだけでなく大野の指揮は、この長大な曲を、オペラのように劇的に起伏豊かに、しかもそれぞれのキャラクターの存在を際立たせて音楽を構築していた。山鳩の歌の最後の終結感の見事さはその一例であり、他にも農夫や道化師などをも、いずれも音楽的に「格好良く締め括って」各々の歌を終えさせていたのだった。全曲を長いと思わせることなく、各々の場面をメリハリよくつくり上げた大野の手腕は絶賛に値する。

 弦20型の大編成を以って臨んだ東京都交響楽団も見事で、残響の少ないホールゆえに音が乾いて粗さも必要以上に露呈してしまう傾向は仕方ないとしても、劇的な起伏感と緊張感は卓越したものがあった。大野と都響の演奏の歴史の中で、これは記念すべき1ページを作ったものであることは間違いないだろう。
 岩下久美子の字幕は極めて解り易く、音楽の起伏と巧く一致していた。

 それにしても、「グレの歌」という曲で、これだけ客席が満杯になるとは祝着の極みである。音楽祭事務局の某氏も指摘していたように、これが「音楽祭」ゆえの強みかもしれない━━全プログラムの載った総合パンフレットを見て、ふだんは聴かぬような演奏会の存在を知り、では足を運んでみよう、と思うお客も多かったようだ、という彼の見解だった。

コメント

もっと退屈するかと思いきや、緊張が途切れることなくとても楽しめました。藤村さんのすごさは圧巻でした。仰るように王様はミスキャストですよね。私は幸運にもかろうじて彼の声がなんとか聞こえる運のよい席でしたので、最後の方で声を張り上げたとき以外は音程もきちんとしていたし、丁寧に歌っていたように感じました。が声量の無さはいかんともしがたかったです。
ところで、twitterなどの感想(勘違い素人の批評擬き)を見ると、響きが混濁していてどうしようもないとかなにも聴こえないとか速すぎるとかの罵詈雑言が多いですね。完璧なバランスに整えたスタジオ録音と比べてるのではないかとまで思ってしまいますが、あの曲をあそこまで明晰に響かせていたのに勘違いも甚だしいと思います。

Voigt

トリスタンやジークフリートを歌う歌手とはとても思えなかった。体調がよほど悪かったのだろう。どうしてもっと良い歌手と契約しなかったのか。身近なところで、福井敬さんと契約しても良かったのでは。
大野さん、藤村さん、素晴らしく、美しい箇所も多々あったが、カンブルラン・読響の感動には遠く及びませんでした。

グレの歌

私も感動しました。

コーラスも問題

皆さんフォイクトのことばかりおっしゃいますが、今回の演奏で一番問題だったのは、まとまりに欠けたコーラスではないでしょうか。ファイナルコンサートに必ずコーラスを出演させる必要もないと思います。それ以外にも豪華さの演出は可能でしょう。

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