2019-05

11・1(土)ユベール・スダーン指揮東京交響楽団定期

   サントリーホール

音楽監督スダーンによるシューベルトの交響曲ツィクルス、いよいよ好調。今回は「3番」と「2番」。

 これまでの各曲と同じように、スコアの隅々まで神経を行き届かせた演奏である。曲中のすべてのフレーズ、すべての和声、すべてのリズムに気配りのない個所はない、と言っていいほどの演奏だ。
 このように一分の隙もない引き締まった響きをいとも易々と――内幕はどうか判らないけれども――聴かせる東響もすばらしい。何年か前、スダーンの指揮でモーツァルトの交響曲をさかんに演奏していた頃から既にその勢いがあったのは事実だが、一時期の迷いのような段階を克服して、現在はぴったり呼吸の合った関係に到達したといえよう。今回のシューベルト・ツィクルスは、スダーンと東響との共同作業における最高の結実であると言っても過言ではない。

 この日の演奏――冒頭の「3番」は、音づくりにあまりに念を入れすぎて、音楽の推進力がいささか薄められ、硬さをみせていた感がなくもない。「2番」第1楽章でも似たような傾向が感じられたが、これらはいわば気負いすぎのせいかもしれぬ。何にしてもこんなことは、翌日の川崎での公演では解決される問題だろう。

 毎回、プログラム後半に置かれた作品の方が強烈な演奏になる。これは作品の性格にもよるところ大きいが、一方でスダーン自身がプログラム構成の上で「山場」を設定しているためもあろう。前々回の「4番」、前回の「6番」がそうだった。

 この日の「2番」も、一夜の演奏の頂点を築く。第4楽章での押しに押す音楽の快調さ、終結近く第1主題を支える低弦のピチカートによるリズムの良さなど、もって行き方も実に巧い。
 12型の弦はきわめてよく鳴り、第1楽章提示部や再現部における小結尾のような個所では木管を打ち消す。しかし一方、第2楽章では各木管が変奏ごとに主役を演じ、あたかも室内楽のような精緻さで響く。このあたりのバランス設計も行き届いたものだ。
 また、第3楽章トリオではオーボエと掛け合う第1ヴァイオリンのパートを面白い音色のソロ(コンサートマスター=高木和弘)で演奏させたり、第4楽章冒頭の弦楽パートをソリで演奏させたりという趣向も凝らされていた。私は不勉強にして知らなかったのだが、これには当然何か根拠があるのだろう。スダーンご本人に訊いてみればよかったと思っている。

 この2曲の間に演奏されたのは、アンドレア・ルケシーニをソリストに、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第4番」だった。オーケストラは、ここでも快いほどにかっちりと引き締まった隙のない響きを聴かせ、作品の古典的な性格の面を浮き彫りにしてくれた。
 ルケシーニの清澄な叙情感も美しい。第2楽章は指定の「アンダンテ・コン・モート」というより、アダージョとでもいうべきテンポで極度に沈潜するが、最近の若手ピアニストはよくこのテを使う。ソロ・アンコールではシューベルトの即興曲の「作品90-2」を弾いた。前後のプログラムに合わせたつもりだろうが、これはチト長い。

 会場が満員でなかったのは残念。こんな良い演奏は、もっと多くの人に聴いてもらいたい。スダーン=東響のシューベルトは、天下の超一級品である。
 音楽の友新年号(12月18日発売)演奏会評

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