2021-06

2019・1・18(金)山田和樹指揮読売日本交響楽団

     サントリーホール  7時

 今月、山田和樹が読響を指揮した3つ目の演奏会。
 今日は、首席客演指揮者たる彼の定期への初めての登場になるとか。演奏されたのは、諸井三郎の「交響的断章」、藤倉大の「ピアノ協奏曲第3番《インパルス》」の日本初演(ソロは小菅優)、ワーグナーの「パルジファル」第1幕前奏曲、スクリャービンの「交響曲第4番《法悦の詩》」という、これまた意欲的なプログラムであった。

 このプログラミングの巧さには感心した。つまり、1928年に作曲された諸井三郎の「交響的断章」では、ドイツ・ロマン派的な色彩を根底に置きつつ、冒頭にはスクリャービンの作品を思わせるトランペットなどの響きと、祈りの歌にも似たコラールが聴かれ、これらがワーグナーとスクリャービンの作品を予告し、また「パルジファル」の神秘的な音楽が次の「法悦の詩」の神秘主義の音楽を引き出す、といった設計が感じられるのである。
 そして前半では、藤倉大の新作と、日本のクラシック音楽作品の古典たる諸井三郎の作品が対になる━━。
 まあ、それらが意図されたものだったかどうかは別として、実に巧く並べられているな、と舌を巻いた次第なのである。

 山田和樹のワーグナーを聴いたのは、もしかしたらこれが初めてかもしれぬ。興味津々だったが、実に面白い━━というのは、彼がこの荘重な「パルジファル」の前奏曲を、いかにも彼らしく、開放的で明るい音楽に仕立てていたからである。これほど太陽の光をいっぱいに浴びたような「パルジファル」の音楽も稀だろう。音量も実に大きい。もしこれが全曲上演の前奏曲として演奏されていたとしたら、このあとの静寂な「舞台神聖祝典劇」をどう展開したらいいのかと思えるくらい、ダイナミックなつくりになっていて、微苦笑をも誘われたのだった。

 一方、流石に堂に入った演奏で圧巻だったのは、最後のスクリャービンの「法悦の詩」だったのではないか。作曲者が重視した色彩感を前面に押し出し、熱狂と法悦の昂揚へ息の長いクレッシェンドで華麗に盛り上げて行くその呼吸は、見事というほかはなかった。トランペット群も、この日の大活躍に加えて、更にその総仕上げを飾ったような形である。

 話題を集めていた藤倉大の新作の「インパルス」に関しては、そのオーケストラの色彩の美しさと、小菅優が演奏したピアノの眩いばかりの技巧の鮮やかさに舌を巻いたが、音楽の詳細について感想を述べるのは、もう一度細部を詳しく聴き直してからにしたい。
 彼の作品は、考えてみるとこれまでかなりたくさん聴いているのは事実だが、それらは概して小品ばかりであり、昨年の話題のオペラ「ソラリス」は、残念ながら都合で聞き逃している。ともあれ、いつだったか、現代作品ばかりを集めて演奏されたコンサートに関する日記の中で、「今日演奏された作品の中では、やはり藤倉大の作品が一歩も二歩も先んじているだろう」と書いたことがあったが、彼についてのそういう思いは、今も変わっていない。

 山田和樹の指揮、読響の演奏、その両者もやはり傑出したものである。

コメント

進化するヤマカズ

一見してよくわからないプログラムでしたが、こんなにも満喫できた演奏会もそうないのでまんまとヤマカズの術中にはまったということなんでしょう。前半も聴き応えありましたし、「おいおいこれがパルジファルか、明るすぎるんじゃないの?」とツッコミたくなった前奏曲、光彩陸離たるスクリャービン(ゲルギエフがニューヨークフィルにデビューしたのがこの曲でしたがそれを思い出しました)と終始興奮冷めやらず。ヤマカズがますます大物になっていく予感がした一夜でした。
なお、チケットもらったから来たのか、初めてらしいご夫婦が隣にいたんですが、「これってクラシックなの?ぜんぜんわかんないね」と前半で帰ってしまいました。たしかに初めてで日本人作曲家2作品じゃ辛いですね。最後まで頑張ってスクリャービンのあの音の洪水を浴びたら好きになってたかもしれないのに残念!

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