2019-06

2018・12・29(土)準・メルクル指揮広島交響楽団

      広島文化学園HBGホール  3時

 関が原界隈の大雪のため、東海道新幹線のダイヤも少々乱れていたが、それでも十数分の遅れにとどまったのは幸い。広島市内は快晴であった。

 今回の準・メルクル指揮の定期は、本来は7月定期として組まれていた演奏会だが、あの豪雨災害のため、とりあえず延期ということになっていたものだ。
 この年末に振替公演を行なったことについて準・メルクルは、プログラム冊子に「私の祖父が生まれたこの美しい街・・・・皆さんへの私のサポートを」と、コメントを寄せている。
 プログラムは、7月定期のものと同一で、細川俊夫の「瞑想━━3月11日の津波の犠牲者に捧げる」、メシアンの「輝ける墓」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」(1910年全曲版)。

 細川俊夫の「瞑想」は、東日本大震災に関連して書かれた数曲のうちの最初のもので、2012年に作曲され、韓国の音楽祭で初演された曲である。
 弔鐘のような響きに始まり、暗く悲劇的な、しかし鋭い衝撃的な音型が断続しながら進んで行くと、やがてフルートによる日本の笛を模した慟哭の歌が入って来る。哀悼と苦悩の音楽が大きな起伏を成しつつ続くうちに、いつか風の音のような美しく浄化された響き(これは細川の作品によく聴かれるものだ)となり、それは次第に夢幻の彼方に消えて行く━━。

 演奏時間は、プログラム冊子には14分と記載されていたが、今日の演奏では11~12分ほどだったであろう。彼の管弦楽作品の中ではかなり鋭角的な響きを持つ曲に感じられたが、それは準・メルクルの隈取りのはっきりした音楽づくりによるところも大きかったかもしれぬ。
 ともあれ、東日本大震災の犠牲者を追悼するために書かれたこの曲が、広島上演の際に、はからずも広島の豪雨災害にぶつかってしまったということから、広島出身の作曲家たる細川にとってのみならず、広島の多くの人々にとっても、この曲に別の意味合いを付加して感じないわけには行かなくなったのではないか。広響もこの曲をメリハリ豊かな演奏で再現してくれた。

 なお広響は、2019年5月からの「ディスカバリー・シリーズ」で、下野竜也(音楽総監督)の指揮により、ベートーヴェンと細川俊夫の作品を組み合わせたツィクルスを開始することになっている。外国では著名でありながら日本国内では妙に演奏・上演の機会の少ない細川俊夫の作品がこれだけ集中して演奏されるのは、喜ばしいことだろう。

 その他の曲━━メシアンの「輝ける墓」は、彼の初期の作品だけに、所謂メシアン節は未だ殆ど姿を現わしていない曲だが、準・メルクルと広響は極めて歯切れのいい演奏で、この曲を明晰に聴かせてくれた。音の潤いには少々乏しいきらいがあったけれども、これは私の聴いた位置が1階席中央だったせいもあろうか。上階席で聴けば、あるいはもっと豊潤に聞こえたかもしれない。

 第2部の「火の鳥」も同様、メルクルと広響の均整美と色彩感が1階席で聴いてもこれだけはっきりと伝わって来たのだから、2階席ではもっと量感豊かに味わえたのではないかという気がするのだが、どうだったろうか? 
 メルクルと広響は、充実した演奏で、特にフィナーレでは全管弦楽の見事な均衡の響きのうちに、感動的な昂揚を聴かせてくれた。コンサートマスターは佐久間聡一。

 私のすぐうしろに座っていた高齢の御仁は、今日は1曲目からあくびの連続。それも露骨に声を出してのものなので、不愉快なことこの上ない。休憩に入った際に睨みつけてやったが、全く効き目はなかったようだ。後半の「火の鳥」でも同様、せめて曲が盛り上がればあくびも止むだろう━━とは思ったが、何せこの曲、いつか池辺晉一郎さんが「なかなか話の本題に入らない人」にそっくりの好例として挙げた曲(巧いことを言う!)だから、どこまで行ってもだらだらと(?)、盛り上がるかと思えばまた退いてしまうという曲の進行なので・・・・。だがあくびもそのうち聞こえなくなったところからすると、有難いことに、魔王カッシェイ同様に眠ってくれたか。

 5時前に終演。タクシーが捉まえ難いので、広島駅までバスを利用したが、エトランジェの哀しさでこのバスの代金の払い方を知らず、降り口でアタフタしていたら、このブログを有難くも読んでくださっているという地元在住の某氏がうしろからサッと手を伸ばし、私の分をも併せて払って下さったとは、何とも恐縮の極みであった。せめてこの場で改めて御礼を申し上げたい。
 駅直結の「ホテルグランヴィア広島」に投宿。
   別稿 モーストリー・クラシック3月号  オーケストラ新聞

コメント

初めてコメントさせていただきます。

いつも興味深く拝読させていただいております。さて「火の鳥」全曲版に関してなのですが、高校時代にリリースされた小澤征爾指揮パリ管によるLP(東芝音工!)を初出で購入し聴き馴染んでしまったものですから'19年版や'45年版組曲の方が継ぎ接ぎのダイジェストのように感じてしまい、そちらの方がむしろ話をいい加減に端折ってそ知らぬ顔の人間さながらにさえ思える小生なのです(笑)。池辺晋一郎氏のおっしゃるのもごもっともなのでしょうが…。
寒さも厳しい折柄、ご体調にはくれぐれもお気をつけのほどを。また明年もリアルタイムの情報を鶴首しております。何とぞ良いお年をお迎えくださいませ。

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