2021-06

2018・11・28(木)デニス・ラッセル・デイヴィス指揮読売日本交響楽団

      サントリーホール  7時

 エマニュエル・パユとマリー=ピエール・ラングラメの協演するモーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」を真中に置き、その前後をスクロヴァチェフスキの「ミュージック・アット・ナイト」およびジョン・アダムズの「シティ・ノワール」で固めたプログラム。

 普通の自主運営のオーケストラだったら、客足を慮り、とても実現に踏み切れぬような、豪胆で意欲的な選曲だ。近年、実績を重ねて聴衆動員に自信を増している読響だからこそ、通常の定期公演で思い切りよく実現できたのだろう。
 そして喜ばしいことに、このようなプログラムでも、お客さんは結構な入りを示していたのである。パユとラングラメの美しいモーツァルト、それに2人の洗練されたアンコール曲のイベールの「間奏曲」が終ったあとの休憩で、どうやらそのまま帰って行ったらしい客も散見されたが、それは全体から見ればほんの一部に過ぎない。

 「ミュージック・アット・ナイト」は、日本初演の際の演奏を私は聴いたか聴かなかったか、確たる記憶がない。
 いずれにせよ、スクロヴァ先生には失礼だが、後半のジョン・アダムズの作品が始まってみると、管弦楽の造りはやはりこちらの方が遥かに上手いな、と感じてしまう。この「シティ・ノワール」の「The City and its Double 都市とその分身」の部分など、たとえばアルト・サックスなどが吹くジャズ風のアドリブ的な音型が大管弦楽のアンサンブルとして完璧に構築されているのを聴くと、「ジャズとクラシックの融合」などとイージーに称されながら旗印だけに終っているそこらの作品に比べ、もっと踏み込んだ次元で展開されている手法の面白さを感じることが出来るのではないか。

 アダムズの作品としては、「中国のニクソン」とか「ドクター・アトミック」などにおけるようなミニマル・ミュージック系の手法とは異なり、オーケストラの更なる幅広い表現力や多様な色彩感を求めたものと思われ、その意味でも興味深かった。ただ、終結近く、延々と続く「あくなき咆哮」には、少々しつこさを覚えて、閉口させられたのは事実なのだが。

 デニス=ラッセル・デイヴィスは、荒々しい現代音楽にも、端整で洗練されたモーツァルトの作品にも、それぞれの良さを発揮させる巧みな指揮を聴かせてくれた。さすが、ベテランの持ち味というべきであろう。
 読響(コンサートマスターは長原幸太)も相変わらずいい。特にモーツァルトの協奏曲で響かせた気品ある音色は、称賛に値する。

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