2021-06

2018・11・15(木)ウェルザー=メスト指揮ウィーン・フィル

      ミューザ川崎シンフォニーホール  7時

 恒例のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の秋の日本公演。1956年以来、これが第34回になるというから、大したものだ。24日まで行われる7回の公演(うち1回は室内楽演奏会)の、今日は初日である。今回の指揮者はフランツ・ウェルザ=メストで、彼が日本公演で振るのは2010年以来2度目。

 プログラムは、ドヴォルジャークの「序曲《謝肉祭》」、ブラームスの「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」(ソロはフォルクハルト・シュトイデ、ペーテル・ソモダリ)、ワーグナーの「神々の黄昏」抜粋(「夜明けとジークフリートのラインへの旅」、「ジークフリートの死と葬送行進曲」、「ブリュンヒルデの自己犠牲」の後半)。

 「神々の黄昏」での豪壮な大音量での力感はなかなか凄かったものの、ウィーン・フィルにしては些かラフな━━つまり「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」としてのルーティン公演のような雰囲気がなくもない演奏であった。ホルンの不調や、金管群と木管群のアンサンブルの悪さは、単なる練習不足ともいえない、何か他の原因によるものではないか?

 「謝肉祭」に至っては、このくらいの演奏なら、他のオーケストラだって━━と思えるような出来だったのである。結局、ブラームスの「二重協奏曲」が最もまとまりのいい、瑞々しさと落ち着きとを蘇らせた演奏だったと言えるだろうか。アンコールではJ・シュトラウスⅡの「レモンの花咲くところ」と「浮気心」を演奏したが、この2曲で面目を保った。
 来週はサントリーホールで別のプログラムを聴く予定。それまでには、彼らもウィーン・フィルの本領を取り戻しているだろうと思いたい。

コメント

大阪で拝聴しました

大阪公演は、別プログラムでしたので、東条先生のブログ更新を待ちます。が、ウィーンフィルは、エンジンかかってきたようですよ。

ウェルザー=メストのブルックナー

お疲れ様です。
23日は東条先生言われるように、馥郁たる音は出ていない。硬めの音です。しかし、その表現力はさすが。1楽章のフレージングは幅広く、格調高く、ブルックナーはまだまだ表現するすべがあると感じさせた。4楽章後半、おそらくは苛酷なパート練習を基礎にしたであろう間然とすることのないバランスは、大向こうを唸らせるのみならず、彼らの輝かしいブルックナー演奏史に1ページを加えた。
24日には、彼らは完全に本調子を取り戻し、柔軟で、迫力に満ちた演奏を繰り広げた。

 川崎の公演、東条先生の意見に同感です。「謝肉祭」は何か指揮者の意図と違ったバタバタ感がありました。ドペルト・コンツェルトではソロのコンビネーションの良さ、ワーグナーは他のドイツのオケとは一味違った音の組み立て方に面白さは感じましたが、管楽器の調子などは先生のおっしゃる通りですし、弦も何か無理をして合わせてようとしている所も多かったように思いました。
 しかし、私がこの公演でより印象に残ってしまったのは、やや本題から外れるのですが、主旋律に合わせて首や体を動かしながら聴いている人が大変多かったことです。私は、2階サイドのエリアにいたのですが、私の両横のお2人、その前の列の手の届く範囲の4人の内2人、そして、正面の最前列、14席くらいの内の6~7人とその後ろの列の少なくとも3人の方々‥おそらく、私の記憶では、今まで聴いた2千数百回のコンサートの中で最も比率が高かったのでは、と思いました。とりわけ、アンコールのワルツでは、もちろん、ウィーン・フィルはあの独特のリズムで演奏する訳ですが、このリズムのことをおそらくご存じなく首や体を動かす方もいるので、結構、参ってしまいました。「十人十色」の聴き方がある‥とは言え、・世界最高峰ウィーン・フィル、3万5千円‥「先達はあらまほしきことなり‥」と思いました。

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