2018-11

2018・10・13(土)大野和士指揮東京都交響楽団

      東京芸術劇場コンサートホール  2時

 「ジャン・フルネ没後10年」、「ドビュッシー没後100年」の記念演奏会と題して、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、ラヴェルの「ピアノ協奏曲ト長調」、ドビュッシーの「イベリア」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲が演奏された。コンサートマスターは四方恭子。
 名指揮者フルネが亡くなって、もうそんなに時が流れたのかと、改めて感慨に浸る。都響に寄贈された彼の愛用のスコアがいくつかロビーに展示され、人々の眼を惹いていた。

 大野和士は、リヨン歌劇場の指揮者として実績を上げ、フランス政府の芸術文化勲章、フランス批評家大賞、リヨン市特別メダルなど、さまざまな栄誉を受け、高く評価されたことは周知の通り。そのためだけということではないけれども、彼の指揮するフランス音楽は極めて優れたものだと私は思う。

 事実、今日のプログラムでは、彼の最良のものが発揮されていたように感じられた。「ローマの謝肉祭」は、あまりにきっちりとまとまり過ぎているような印象を受けるものの、バランスの良さと推進力の豊かさという点では見事なものだった。

 だが何より鮮やかだったのは、「イベリア」と、「ダフニスとクロエ」だったであろう。
 前者の、特に「夜の香り」でのミステリアスな世界における物憂げな雰囲気と、「祭の日の朝」での躍動的な明るさ━━それらを整然たる構築の裡に繰り広げて行く演奏。そして「ダフニス」に入ると、一転して木管群が官能的な色合いを湛えて渦巻きはじめるのだが、その解放的な雰囲気の見事さにはハッとさせられるほどだった。熱狂的な終結の頂点に至るまで、音楽の形が全く崩れないのもいかにも大野らしい。
 しかも今日は都響がまた実に鮮やかな演奏を聴かせてくれた。特に木管群は賞賛されていいだろう。

  協奏曲でのソロは、リーズ・ドゥ・ラ・サール。彼女の清澄なピアニズムは、私の好きなタイプの一つだ。ちょっと冷徹な部分がなくもないが、気品のある表現がいい。アンコールで弾いたドビュッシーの「パックの踊り」も澄みきっていた。

 余談だが、都響は終演時に全員で客席に答礼するシステムを取り入れたのかと、先頃の演奏会ではそう思ったが、久しぶりで聴いた今日の演奏会では、何人かがバラバラとお辞儀をして、あとの楽員たちは何となくお辞儀をするのやら、しないのやら、その瞬間に顔を見合わせたりしていて、中途半端な雰囲気に終った。するならする、しないならしない、とはっきりさせた方がいい。われわれ客だって、真剣にあなた方の演奏を讃えて拍手しているのだから。

コメント

私も大野さんはラテン系(?)の曲がむしろフィットするように前から感じてます。東フィル時代にも結構演奏していた印象が・・。
お辞儀の件、日本のオケは難しいなと思うのは、諸外国にはお互いを讃えあうあるいは親愛の情の表現として”hug”がある。日本の場合は握手ですら身近な人同士では照れくささがある。感情表現のバリエーションが少ないなと思います。お辞儀をせずとも、外国のオケが終演後に楽員同士でhugをしあってる姿は、見ていて心地よいなと思いますし、一部の日本のオケが行うお辞儀(神奈川フィルは演奏前もですよね)もまた心地が良いなと感じます。

お辞儀でいちいち目くじら立てなくても

お辞儀って感じいいですよね。演奏者と聴衆がひとつの作品を作っているようで。

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