2018-11

2018・10・8(月)札幌文化芸術劇場杮落し公演 ヴェルディ:「アイーダ」

    札幌文化芸術劇場hitaru  2時

 朝8時発のANAで広島から札幌に飛ぶ。

 札幌の新しい大劇場、「札幌文化芸術劇場」がついに完成した。ニックネームを「ヒタル」という由。
 それは市街の中心部、有名な「時計台」のすぐ近くに竣工(今年5月末)した巨大な複合文化施設「さっぽろ創世スクエア」の中にあり、「札幌文化芸術交流センター」および「札幌図書・情報館」とともに「札幌市民交流プラザ」の一角を成す(名称が複雑でややこしい)。地下鉄「大通」駅にも近く、その意味ではアクセスも実に便利である。ただし、劇場のエントランスに着くためには、エスカレーターで延々4階まで上がって行かなくてはならない。劇場の1階席入口は、更にそこから1階上だ(時間ぎりぎりに行くのは避けた方がよさそうだ)。

 劇場内はプロセニアムの幅が20m、高さが14m、舞台も奥行約40m。客席数は2302。4階席まであり、重厚で落ち着いた雰囲気を持つ広大な空間が印象的だ。
 この日は1階席15列下手側で聴いたが、音響が予想以上に良いのに感心。平土間席にもかかわらず音が「散る」ことなく、舞台上の声楽も、ピット内のオーケストラも、バランスよく豊かに響いて来るのが有難かった。これが年月を経て建材も馴染んでくれば、更に良くなるだろうと思う。

 この「アイーダ」は、「グランドオペラ共同制作」と号され、このあと神奈川県民大ホール(20・21日)、兵庫県立芸術文化センター(24日)、大分のiichiko総合文化センター(28日)でも上演されることになっている。
 札幌では、ダブルキャストによる昨日と今日の上演。今日の配役は、木下美穂子(アイーダ)、城宏憲(ラダメス)、サーニャ・アナスタシア(アムネリス)、上江隼人(アモナズロ)、斉木健詞(ランフィス)、清水那由太(エジプト国王)、松井敦子(巫女)、菅野敦(伝令)。

 合唱には二期会合唱団(60名)と札幌文化芸術劇場アイーダ合唱団(16名)、バレエは東京シティ・バレエ団員を含む総勢18名、兵士などの助演が計26名。それにアイーダ・トランペット6名(東京フィル協力)、バンダは陸上自衛隊北部方面音楽隊(上手い!)。
 オーケストラが札幌交響楽団、指揮がアンドレア・バッティストーニ、演出がジュリオ・チャバッティ(原演出マウリツィオ・ディ・マッティア)という顔ぶれ。

 ラダメス役としては、当初西村悟が発表されていて、彼がどんなラダメス将軍を歌うかと期待していたのだが、いつの間にか変更になっていた。だがこの代役、城宏憲が、特に後半では胸のすくような伸びのいい歌唱を聴かせて大成功。彼を聴くのは3月の「ノルマ」のポリオーネ以来だが、新世代の日本のテナーとして楽しみな存在である。
 木下美穂子のアイーダも意志強固な王女としての性格を巧く表現していたし、アナスタシア(王女アムネリス)も後半に調子を出して行った。
 上江のエチオピア王アモナズロと斉木の司祭ランフィスも凄味を発揮して好演だったが、清水那由太のエジプト国王には、もう少し丁寧な歌い方を望みたいところ。

 今回の上演では、合唱団が力も美しさもある好演を聴かせた。テナーのパートは少々粗いところもあったけれども、女声合唱がいい。特に第2幕「凱旋の場」の前半で━━「グローリア」の大合唱が一段落した個所での、「コメ・プリマ」のカンタービレと指定されている個所で女声合唱が聴かせた、透明かつ清澄な音色には、ハッとさせられたほどである。

 そして札幌交響楽団が、瑞々しい弦楽器群を中心に、これまた見事な演奏を聴かせてくれた。
 指揮のバッティストーニは例の如く獅子奮迅の指揮ぶりで、エネルギー全開の演奏をつくり出し、打楽器群を通常以上に強調させて、昂揚個所ではそれこそ劇場全体を震撼させるような大音響を轟かせたが、札響もよくこれについて行ったものである。だがそのようにオーケストラを鳴らしながらも、歌手の声をマスクさせることなく、うまく響かせるように持って行ったところなども、この若い指揮者の力量を認識させるだろう。彼に寄せられた拍手と歓声の大きさからみると、彼の札幌での人気は、極めて高いようである。

 最後に、演出。ローマ歌劇場のプロダクションを持って来たというが、これはもう、絵に書いたような(?)伝統的な手法で固められた舞台だ。
 「グランドオペラ」だと最初から謳っているから文句も言えまいが、しかし━━いくら写実的な演出だとはいっても、もう少し演技の点で、ドラマトゥルギーを備えた心理描写を導入できないものか? ラダメスをめぐってのアイーダとアムネリスの微妙な鞘当て、ラダメスの苦悩の心理、アモナズロとアイーダの父と娘の葛藤などといったような、ドラマの重要な転回点においてさえ、棒立ちのまま苦渋の表情を浮かべる程度の演技しか行わないのでは、昔、1950年代に「イタリア・オペラ」がブルーノ・ノフリの演出で持って来た頃の「アイーダ」から、一歩も進化していないではないか。
 写実的な舞台が一概に悪いと言っているのではない。が、かりにその範囲内であっても、オペラをドラマとしてもっと掘り下げるための視点が、今どきの演出ならもっと欲しいのである。

 なお、第2幕の「凱旋の場」は、大軍団を行進させることはせず、あまり多くない数の兵士や僧侶たちと、美しい衣装を着た女性たちの合唱を登場させ、バレエに重点を置いた構築の舞台で進められた。新国立劇場のゼッフィレッリ版のような大規模な舞台など、世界的にも滅多に創れぬ今日この頃、これはまず妥当な手法であろう。
 舞台転換は幕を下ろさず、柱など大道具を移動するさまを観客に見せながら行う個所が多かった。疑問点と言えばひとつ、第4幕の幕切れ、墓に「閉じ込められた」アイーダ及びラダメスと、2人の平安を祈るアムネリスとを同一平面上に配置したのは、意図的なものとはいえ、やや安直な大道具という印象とともに、劇的な効果を欠いたのではないか。

 休憩は第1幕のあとと第2幕のあとに各25分間挿入され、終演は5時半少し過ぎ。カーテンコールは数回繰り返され、客席は沸いていた。
 終演後のロビーはすこぶる混雑。客の「動線」はよろしくなく、劇場から出るにも恐ろしく時間がかかるのは、改善の余地大である。

 ともあれこうして━━多目的劇場とはいえ━━札幌に本格的なオペラを上演することの可能な劇場が、初めて誕生したのだ。この劇場は、北海道にいっそう優れたオペラ文化を確立させる役目を担うべき責任を持っているはずである。果して、今後どのような展開が見られるだろうか?

 明朝8時発JALでの帰京に備え、千歳駅近くの某ホテルに泊まる。当初予約していた新千歳空港の中のホテルが、先日の地震直後に閉鎖され、「どこか別のところにお泊り下さい」と言われて慌ててネットで抑えたのがこの某ホテルだったのだが、安いのだけが取り柄。二度と泊まるところではない。

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