2019-08

2007・5・19(土)ゲルギエフ指揮の「ローエングリン」

   パリ・バスティーユ・オペラ  7時

 ウィーンからフランクフルトを経て、パリに午後入る。時差ボケは未だ全く解消できず、しかも早起きせねば移動できぬとあって、転戦の苦しさがこの日クライマックス。しかも7時開演が30分も遅れ(おそらくまたゲルギエフの所為だろう)終演が0時を過ぎるという状態だから、踏んだり蹴ったりである。

 こちらのコンディションが悪い所為だけでもなかろうと思うが、ゲルギエフの指揮がどうもワーグナーの音楽としてのフォーカスの定まらないものに感じられる。
 第1幕と第2幕のそれぞれ最後の盛り上げ方も力感充分だったし、あえて欠点と言うべきものはないのだが、何か全貌を掴みかねる大きな壁画を見ているような感覚になってしまうのである。この作品から新しいものを発見できるという水準には程遠かった。版は慣習的なカットを大量に含んだもので、これも新味がない。

 しかし、歌手陣は粒が揃っていた。題名役のベン・ヘップナーが大音声を聴かせて白鳥の騎士の威力を誇示する一方、オルトルート役のヴァルトラウト・マイヤーは声こそ往年の力を失っているものの、見事な性格表現を聴かせた。
 また、エルザのミレイユ・ドルンシュは安定しており、テルラムントのジャン=フィリップ・ラフォンも渋い表現。伝令にエフゲニー・ニキーチンが出て、これは儲け役でもあるが、大きな拍手を浴びていた。

 演出はロバート・カーセン。これは、ポール・スタインバーグの舞台装置とともに、予想外にストレート路線を採っていた。「タンホイザー」のような読み替えもなく、ローエングリンはまさしく騎士の姿で白鳥と一緒に登場する。それだけが超自然的な存在で、他の人物は現代人の姿で登場する。
 休憩時間を含めて幕は開いたまま。廃墟となった建物の内部でドラマが進行する。奥の大きな門は最初のうちは開いていて、そこからこれも荒廃した港のような光景が見える。
 すべてはモノクロームの冷たく暗い色に支配されているが、その中にたった2回だけ美しい色彩が現われるのは、奥の大扉が開いてローエングリンと白鳥が登場する時と、騎士が去って行く時だ。そこでは黄金色に輝く花園や林や小川が見えるのだが、かなりお伽話的なイメージであり、むしろパロディ的にも見える。

 ブラバントの群衆は打ち拉がれた難民という体で、それでも何かを待ち続けている様子。前奏曲の「グラールの動機」の箇所で、動かぬ彼らに黄金色の光が当てられる瞬間はかなりドラマティックだ。
 この無気力な連中が第3幕では隠してあった武器を取り出して戦の支度をするわけだが、それはまるで「七人の侍」の農民の立場を思い出させた。ザクセン軍側は国王と伝令を含めて数人程度、軍服に身を固めている。

 第2幕終り近く、ローエングリンが「エルザ!」と叫んで必死に辺りを見回し、群衆がぱっと割れると、奥の大扉に助けを呼ぶようにすがっているエルザの姿が浮かび上がる。音楽がここで突然暗くなるのと併せ、普通の演出よりも劇的な衝撃を観客に与えるだろう。この場面を中心に、主人公4人の構図はすこぶる巧妙で、ト書よりもはるかに劇的だ。
 ただし幕切れの「禁問の動機」が轟く瞬間に両側のバルコニー(それも壊れかけた)にそれぞれオルトルートとエルザが対峙するのは、あまり効果的とは思えぬ。

 第3幕、テルラムントが剣をかざして乗り込んでくる場面は、おそろしく間の抜けたタイミングで、ここは明らかに手違いだろう。白鳥が少年に変わる場面は一度大戸が閉じ、それから少し隙間が開いて少年が入ってくるという、あまり劇的感のない手法だ。
 観客の拍手が最も大きかったのは、やはりマイヤーに対してである。ニキーチンもなかなかの好評のようだ。

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