2020-04

2007・7・28(土)PMF アンドレイ・ボレイコ指揮PMFオーケストラ

    札幌コンサートホールkitara 大ホール  7時

 今年のPMFでの主要指揮者は3人、リッカルド・ムーティ、フィリップ・ジョルダン、そしてこのアンドレイ・ボレイコ。

 超大物が最初に来てしまい、しかも東京公演までやってしまうというのは、スケジュールの問題で止むを得なかったにせよ、フェスティバルの演出効果の上でもアカデミー生たちのメンタルの問題の上でも、あまりいいことではないようだ。何となれば、ムーティとの東京公演で今年のオケの少なからぬ力量をいったん知ってしまった耳には、今夜の演奏は、技術的に破綻があるわけでは全然ないけれど、オーケストラの鳴りや活気を含めてもっと行けるはずではなかったかと感じられてしまうからである。

 これが初日の演奏だったからか、ボレイコの力量ゆえか、楽員たちの士気の問題か、そのすべての理由からかは定かでない。もっとも、ムーティの指揮の場合にも札幌での演奏は思ったほどではなかったという風評だから、あるいはこのボレイコの指揮の場合にも、本番を重ねて名古屋や大阪での公演の時にはもっと向上していることになるのかもしれない。

 プログラムはすべてロシアもの。ボリス・ベレゾフスキーが弾くラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」で開始されたが、演奏全体は意外に抑制されたものだった。特にオケの鳴りの悪さは予想外。
 ベレゾフスキーも日頃の彼の才気があまり感じられない。フィナーレの最後のクライマックスに至って、彼本来の底力がやっと火を噴いたという印象。いずれにせよ欲求不満の演奏である。アンコールでのリャードフの小品が詩的で好ましかった。

 後半はリャードフの「キキモラ」で開始。怪奇なスケルツォという性格は、この生気のない、流れの悪い演奏からは全く感じられない。同「魔法にかけられた湖」も弦の響きの薄さは致命的で、いやしくも18型の弦なら、たとえ弱音においてももっとふくよかに豊かな音で鳴ってほしいものである。
 最後のスクリャービンの「法悦の詩」では、トランペットも全管弦楽も頑張ったが、ボレイコのパウゼの長さと、そのパウゼが生きた緊迫感を生み出していなかったことが、波打ちながら法悦の極致に導くはずの曲想を生かすことができなかった。

 アンコールで演奏されたリャードフの「バーバ・ヤガー」が、比較的解放感をもって、響きも潤沢になってきていたところから思えば、多分このあと何回かの公演では全体が改善されることになるだろうと思われる。

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