2020-05

9月2日(日)愛知祝祭管弦楽団 ワーグナー「ジークフリート」

     御園座  3時

 松本はリッチモンド・ホテルに2泊、今日は9時50分発の特急「しなの」で名古屋に移動。
 この中央西線は、東京在住の私にとっては乗る機会が滅多にないものの、東の中央本線よりも速度を出すので、気持がいい。緑の山の中の木曽路を、木曽川に沿って下って行く時の眺望も素晴らしい。窓外の景色を楽しんでいるうちに、2時間11分で名古屋に着く。

 さて、8月26日の項でリハーサルについて書いた愛知祝祭管弦楽団の「ジークフリート」が、ついに本番を迎えた。指揮は音楽監督の三澤洋史。歌手陣は升島唯博(ミーメ)、片寄純也(ジークフリート)、青山貴(ヴォータン)、大森いちえい(アルベリヒ)、松下雅人(ファーフナー)、前川依子(森の小鳥)、三輪陽子(エルダ)、基村昌代(ブリュンヒルデ)。コンサートマスターは高橋広(愛知祝祭管弦楽団副団長)。

 一昨年の「ラインの黄金」、昨年の「ヴァルキューレ」と同様、オーケストラは実によくやった。かくも長大な、しかも第3幕以降に複雑壮大なオーケストレーションを持つ大曲を、アマチュア・オーケストラ特有の熱意と馬力で、見事に仕上げたのだ。ハープ6台を含む総譜の指定通りの大編成で「指環」全曲を演奏するなどというおおわざは、プロのオケでさえ滅多に出来ないことである。2016年12月から音楽監督という立場になった三澤洋史の指導力も立派だ。佐藤悦雄団長以下、楽団と、その関係者の努力を讃えたい。

 第1幕でミーメがジークフリートに大蛇の恐ろしさを大袈裟に語ってみせる個所での弦のトレモロはすこぶる緊張感に満ちていたし、第1幕終り近くの「鍛冶の場」もなかなか迫力に満ちた盛り上がりを示していた(ただし最後の20数小節では、大熱演にもかかわらずモティーフのバランスに少々不満が残ったが)。その他随所で、輝かしい盛り上がりを聴かせたことはいうまでもない。
 このオケの演奏に、更にたったひとつ望むとすれば、それはアクセント、もっと強いメリハリ、という要素だったろう。
 第2幕におけるホルンの「ジークフリートの角笛」を見事に━━完全無欠とまでは行かなかったが、ここは聖地バイロイトのオケでさえ危ないことがしばしばある個所だから━━吹いたのは、プロの奏者ではなく、スジャータにお勤めの団員、鷲家勇紀さんだった。会社員が「ジークフリートの角笛」を鮮やかに吹きまくる。凄い世の中になったものである。

 かえすがえすも残念だったのは、今回の会場「御園座」のアコースティックの問題だ。
 言っても詮無いことながら、御園座はクラシック音楽用の劇場ではなく、歌舞伎などを上演する劇場である。厚い布張りの椅子や床の絨毯に音が吸われてしまうような会場では、どんな上手いオーケストラでも、いい音楽を響かせるのは、とても無理だ。私は2階正面上手寄り最前列で聴いていたが、オケも歌も、音がこちらへ飛んで来ないのである・・・・。皆の大熱演にもかかわらず、ワーグナーの音楽が持つ重量感と雄大なスケール感、魔性的な力と凄味━━ホールでなら体感できたはずのそのような醍醐味が、今回の会場では薄らいでしまった。惜しいことである。
 観客たちは、この音楽をどのように受け止めただろうか。これを初めて聴きに来た人が、ワーグナーの音楽とはつまらぬものである、などと誤解しなければいいのだが・・・・。
 これは、クラシック音楽においてはホールも楽器の一つであるということ、それゆえ音響設計というものがいかに重要な位置を占めているかということを、改めて人々に認識してもらう機会となったであろう。

 さらに残念だったのは、その歌舞伎用の劇場としての舞台機構を活用することも、不可能だったことである。花道やスッポンやセリを使って、ジークフリートやエルダの登場の場面などを立体的に面白くしようという当初の計画も、劇場側とのいろいろなやりとりの中で、結局は諦めざるを得なかった、という話を聞いた。
 かくして、前2作におけるような演技スペースも取れなかった今回の上演では、専らオーケストラの前、舞台前方で歌う単純な演奏会形式同然のスタイルに落ち着いてしまった、ということのようだ。

 そんな中でも、演出の佐藤美晴、舞台美術の渡辺瑞帆、照明の杉浦清数らスタッフは、ベストを尽くしたことがうかがえる。大蛇ファーフナーや森の小鳥たちを、東海児童合唱団員のダンスやパントマイムで演じさせるという趣向もあって、そのような光景は、シリアスな物語の中に、観客に寛ぎをもたらしたことだろう。
 また第2幕の、ジークフリートの「下手な葦笛」のくだりでは、舞台前面に出て来たイングリッシュ・ホルン奏者のユーモアあふれる滅茶苦茶な「奇音」に小鳥たちの集団がずっこけるだけでなく、指揮者とコンサートマスターもそれに加わり、派手にのけぞったり、舞台上をのたうちまわったりするという芝居も行なわれ、観客を楽しませたのであった。

 歌手たちも、音響的な悪条件の中で歌いにくかったろうと思うが、よく頑張っていた。
 特にミーメ役の升島唯博は、出ずっぱりの長丁場すべてに細かい身振りを入れて、狡猾だがいじらしい「こびと」を実に巧みに表現していた。
 そしてヴォータン役の青山貴は、この会場の不利な音響の中でさえ声を巧く響かせ、高貴な迫力を打ち出していた。さすがのキャリアというべきであろう。

 ただアルベリヒと、3人の女性たちは、やはり会場のアコースティックに勝手が違ったせいなのかどうか解らないが、先日の知立のホールで聴いたような伸びのある声が聴けずに終ったのは残念である。ファーフナーは演出上の理由からPAを使用、かつエコーを付した声で「大蛇らしさ」を出していた。
 また題名役の片寄はよほど体調が悪かったのか、第2幕の前で、佐藤悦雄団長(テューバ)が観客に対してエクスキューズを入れたほどだったが、その幕では一時盛り返していたように見えたものの、第3幕の終り近くでは何度か音程を変えて切り抜けるなど、相当辛かったようである。

 字幕は吉田真によるもので、簡略化されて非常に解り易い文章だった。だがこの字幕のスクリーンへの表示が屡々ずれるのには苛々させられた。就中、ヴォータンとジークフリートの「対決による世代交代」の場では、字幕が悉く原詩とずれてしまっていたため、あたら音楽の頂点で、しかも照明の変化で劇的な効果を狙った瞬間で、客の集中力を完全に乱してしまったのである。

 ロビーは、歌舞伎座らしく、すこぶる賑やかだった。御園座名物という最中アイスやうなぎ弁当の他にも、曰く、京やき栗、きんつば、天むす、焼き鯖寿司に両口屋是清・・・・。それらの間にワーグナーの「顔」が見えたり、「指環に近づくな!」という意味の原詩をデザインしたTシャツのようなものが売られていたり、歌劇場ではついぞ見られぬ面白い光景があふれていたのだった。
 8時少し過ぎに終演。
 来年の「神々の黄昏」は、再び愛知県芸術劇場コンサートホールで、8月18日(日)だそうである。
  別稿 モーストリー・クラシック11月号公演Reviews

コメント

御園茶屋

平土間の最後列で聴きました。第1幕では、Studio 8Hもかくやという感じのデッドな音響に唖然としました。しかし、ここでワーグナーを聴くというのは、得がたい体験とも言えますね。サウンドが全く混濁しない、オーケストラが声を覆ってしまうこともないという長所に着目すれば、第2幕以降は慣れたこともありそれなりに聴けました。それと、この会場は1階にある御園茶屋がいいですね。カフェバーからコンビニまでカバーするような飲食スペース、オペラハウスのホワイエの取り澄ました雰囲気とは無縁、さすが名古屋という感じ。長い楽劇、長い休憩には最適でした。

コメント欄、お邪魔いたします。

また御園茶屋さまのコメント拝見しまして、打たせていただきますのでどうぞよろしくお願いいたします。

じつはわたしも平土間最後列の上手で聞いておりまして、真上は二階席のハリですから、オケの音は弱く、それでも、きっとどこかで咆哮するだろうな、と期待しておりました。

結局オケの音はなかなか接近してくれませんでしたが、歌手の声は十分近くて、大編成のオケをバックにしながらも力まずに歌っておられたように感じました。

三幕になりますと、オケみなさまもラストスパートの底力が出ていましたので、わたしにとっては、とってもいい幕切れの印象を、そのまま自宅に持ち帰った次第です。

今回の御園座ジークフリート

私はどちらかというと、東条先生の考えに近いように思う。私は2階5列の真ん中の席に座っていたが、前回の「ワルキューレ」のように音が飛びにくく、何か違和感を感じていた。東条先生が音響のことがあると書かれており、納得したものである。また、原文と字幕がずれていく箇所があるため、問題とは感じていた。しかしながら、そんな中でも、指揮者の三澤氏が創造したい音楽は、これまでの公演の中で、オーケストラをはじめ、全てに最も浸透してきていると手ごたえを感じている。また、来年はホームグラウンドの芸文コンサートホールに戻るので、素晴らしい公演となることを期待したい。

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