2021-06

2018・7・21日(土)佐渡裕オペラ  ウェーバー:「魔弾の射手」2日目

      兵庫県立芸術文化センター  2時

 佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2018、ウェーバーの「魔弾の射手」。
 きのう初日を開け、7月29日までの間に計8回上演という、この劇場ならではの強気の興行。一番高い席を除いてほぼ完売状況というからたいしたものだ。

 演奏は、佐渡裕指揮の兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)とひょうごプロデュースオペラ合唱団。歌手陣はダブルキャストで、今日の出演は、クリストファー・ヴェントリス(マックス)、ジョシュア・ブルーム(カスパル)、カタリーナ・ハゴピアン(アガーテ)、マリア・ローゼンドルフスキー(エンヒェン)、鹿野由之(クーノー)、町英和(オットカール)、斉木健司(隠者)。なお、清水徹太郎(キリアン)、ペーター・ゲスナー(ザミエル)は全日出演である。
 演出はミヒャエル・テンメ、装置と衣装はフリードリヒ・デパルム(ウィーン生まれだというから「デスパルメス」かと思っていた)、照明と映像がミヒャエル・グルントナー。

 こちらは、歌唱もセリフもドイツ語による上演だ。そのセリフ回しのテンポの速さ、ドラマ全体の流れの良さ! 東京のコンヴィチュニー演出の日本語のそれとは格段の差で、これだけでもどんなに気持がいいか。

 そして、コンヴィチュニー版とは対照的に、こちらはごくストレートな演出である。ドイツの30年戦争が終った直後の時代を題材にしているという例の解説も、スクリーンに投映されていた。だがこれは、日本などで上演される場合、あまり実感が伴わないし、実際の舞台でも大して意味をなさないだろう。ただし衣装は、そういう時代を連想させるものであるのは確かである。

 序曲の間に、ならず者のカスパルに襲われたアガーテをマックスが救ったり、彼女が隠者からバラの花束をもらったりする「前史」の光景が挿入されていたので、少し捻った演出になるのかなと思わせたが、その後の演出は、ほぼ伝統的なスタイルに拠ったものになっていた。
 冒頭の行進曲を舞台上で演奏する楽団は、「悪魔の楽団」ではなく、まっとうな「農民の楽団」だし、合唱部分では全員が客席に向いて立つ所謂「定まりの型」になる。
 演技も、コンヴィチュニー演出ほど微に入り細に亘るものではなく、概して伝統的な範囲にとどまっており、ト書きに忠実である。この辺は、安心感を抱く人もいるし、物足りなく思う人もいるだろう。私は何となく、一昨日の「補完」のようなイメージで舞台を眺めていたのだが・・・・。

 こちらの「隠者」は、名刺をばらまくビジネスマンなどではなく、ト書きに近い中世の「謎の僧侶」とでもいう姿。悪魔ザミエルも、もちろん宝塚調などではなく、映画「ノスフェラトゥ」に出て来る怪優クラウス・キンスキー扮するドラキュラの如き風貌の化け物である。
 「狼谷の場」後半では黒衣の者たちのダンスが主体となるが、最後に黒衣のドラキュラが,いやザミエルが地上から空中高くせり上がって行くシーンは、なかなか見栄えのするものであった。

 なお、全曲幕切れは、1年の「猶予期間」を与えられたマックスがアガーテを残し、村人たちに見送られ、隠者に従って舞台奥へ去って行くという光景で、これは「タンホイザーのローマ巡礼行」を連想させる。ともあれ温かい雰囲気の大団円で、この劇場のお客さんにはこういうエンディングがよく似合うだろう。

 佐渡裕は、PACのオーケストラから、序曲などで堂々たる厚みと重量感のある音を響かせ、ウェーバーの音楽をスケール感豊かに再現していた。
 とはいえ、ドイツ・ロマン派オペラの特質たる音楽の神秘性・怪奇性などの点からいえば、東京二期会公演でのペレス指揮の読響による演奏と比較すると、残念ながらどうも味が薄い。活気のある場面ではそれも悪くないが、「夜」や「魔性」をイメージとする場面であまり凄みを感じさせなかったのはそのためであろう。

 だが、「狼谷の場」で、ザミエルが「6発までは命中だが、7発目はお笑いだぞ」とすごむ場面のセリフ「Sechse treffen! Sieben ãffen!」が、全く譜面通りに、ティンパニおよび低弦のピッツィカートのリズムと合わせて発音された例を、私は昔のヨッフム指揮の録音以来、今日は久しぶりに━━もちろんナマ上演では初めて━━聴くことができた。
 これは、本当によくぞやってくれました、と申し上げたいところだ。この個所は、言葉と音楽とを完全に一致させた例として、大変重要なところだと私は思うのだが、・・・・残念ながらこれまで接したどの上演、どの録音でも、ザミエルは音楽のリズムと関係なく喚くか、怒鳴るかするばかりだったのである。

 それともう一つ、今回は第3幕がいきなり第2場のアガーテの「カヴァティーナ」で開始され、第3幕前奏曲は「花嫁の合唱」と「狩人の合唱」との間の舞台転換の時間稼ぎ(?)の「間奏」に持って行く、という方法が採られていた。
 この幕を「カヴァティーナ」で開始するのは、これもヨッフム盤で使われていたやり方で、それ自体は悪くはないだろう。が、一方、その前奏曲で繰り返された「狩人の合唱」のホルンのモティーフが、すぐまた本番の合唱曲で始まるというのは、ちょっとくどくなるような感じもする。

 最後に歌手陣だが、こちらは素晴らしい。マックス役のヴェントリス、カスパル役のブルーム、いずれも声がドラマティックでビンビン来るし、2人のセリフの応酬場面もすこぶる迫力に富む。また女声2人のうち、アガーテ役はちょっと不安定だったが、エンヒェン役のローゼンドルフスキーの闊達な歌唱表現と、地声に近い自然で明解なセリフ発声は、実に素晴らしかった。
 その他の日本人歌手も同様に好演を繰り広げてくれた。明日の組は、どんな具合になるだろう。

 終演は5時10分前くらいか。観客は大波の如く阪急電車の西宮北口駅に向かって引き返す。
     ☞(別稿)モーストリー・クラシック10月号 公演Reviews

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