2018-12

2018・7・20(金)尾高忠明指揮大阪フィルのベートーヴェン交響曲ツィクルスⅢ

     フェスティバルホール  7時

 西宮では「佐渡オペラ」の「魔弾の射手」が今日のマチネーで初日を開けているが、関西までやって来てこの猛暑の中をダブルビルで、というエネルギーは私の中ではもう薄れている。そこでともあれ、今日はベートーヴェンと尾高&大フィルに敬意を表して━━というわけで、夜のコンサートだけを選んだ。
 このツィクルスを聴くのは、5月17日の第1回以来になる。今日の「第3回」は、「第6番《田園》」と「第5番《運命》」である。

 予想された通り、大阪フィルは、尾高忠明の指揮のもとで新しい境地を開きはじめたように感じられる。
 この十数年ばかり、大阪のオーケストラを比較的多く聴く機会があったが、概してアンサンブルに難があり、演奏が粗いと感じられることもしばしばだった。だが今日、2か月ぶりに聴いた大阪フィルは、アンサンブルも整備され、バランスもよく、オーケストラの基本姿勢を取り戻していたように思われたのだ。16型編成の弦楽器群と、基本2管編成の管楽器群との均衡も充分なものだった。

 たしかに、「田園」第1・第2楽章での音の柔らかさ、ふくよかさは、これまでの大阪フィルからはあまり聴かれなかったような気がする。また「5番」での全管弦楽の激しい昂揚の瞬間にあっても、オーケストラの音は破綻を見せず崩れず、以前しばしば聴かれたような乱暴でがさついたアンサンブルに堕すことはなかったのである。
 こういう基本のフォルムが確立されてさえいれば、その上にたとえどんな暴れる(?)指揮者が客演しても、大丈夫なのではないか。

 今日の大阪フィル(コンサートマスター崔文洙)は、弦もたっぷりと豊潤に鳴っていたが、特に「田園」では、木管も細やかに歌っていた。カーテンコールで指揮者は「立たせて拍手を享けさせる」対象から何故か1番フルートの女性奏者を外してしまっていたようだが、彼女のソロも大変美しかった、と私は思う。

 尾高忠明の指揮は、奇を衒わず、誇張を避け、正面から作品と向き合う姿勢に徹しているといえよう。今日の2曲もそうした演奏だった━━もっとも「5番」の最後の和音でティンパニを猛然とクレッシェンドさせる大芝居(?)もあったけれども━━が、全曲を統一する均衡性、決して無機的にならないあたたかさに満ちた表情、そして「5番」第4楽章の展開部などに聴かれた壮絶な力感などは、やはり卓越したものといって間違いはない。
 こうした音楽監督を中心として、多彩多様な客演指揮者を散りばめるという大阪フィルの方針がどのような成果を生むか、注目したいところである。
 
 ※尾高氏は、眼の病と手術のため1週間前の群響客演を降板していた由。大事を取ったおかげで「もう何とか大丈夫」と語っていたが、楽屋では何となく眼をしょぼしょぼさせていた。御自愛されたし。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/3009-fa810cae
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

お知らせ

●2007年7月以前のArchivesを順次、当時の日記を修正せずにアップロード中です。併せてご覧下さい。
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月

Category

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」