2018-10

2018・7・15(日)ノット指揮東京交響楽団「ゲロンティアスの夢」

      ミューザ川崎シンフォニーホール  2時

 英国の大作曲家エルガーの大作オラトリオ「The Dream of Gerontius」━━このタイトルを、英国人指揮者ノット氏はどう発音していたか、と東京響の事務局の辻さんに尋ねたら、「ジェロンティアス」と言っていた、という返事が返って来た。
 やっぱりそうだろう。英国の作曲家が、英国の作家ジョン・H・ニューマンによる英文の詩に作曲した英語歌詞のオラトリオなのだから、「ゲロンティアス」という表記は誰が考え出したのやら。

 事務局では「どんな資料を見ても公式表記はすべてゲロンティアスになっているので、もういいや、と」諦めてそれに従った由。しかもこの主人公の名前、本篇の歌詞の中には一度も出て来ないので、ますます具合が悪い。
 私はしかし、ここではやはり「ジェロンティアス」と呼ばせていただきたいと思う(本当はジェロンティウスか?)。

 その「ジェロンティアスの夢」、東京響音楽監督ジョナサン・ノットが満を持して定期に取り上げたもので、マクシミリアン・シュミット(ジェロンティアス)、サーシャ・クック(天使)、クリストファー・モルトマン(司祭、苦悩の天使)、東響コーラス(合唱指揮:冨平恭平)が出演した。前日はサントリーホールで演奏されており、今日は2日目の演奏である。
 ノットにとっては、この曲を指揮するのは今回が初めてとか。あまり自国の作曲家の作品を取り上げてくれない人だが、いったん指揮すれば、さすがに一種の「血のつながり」を聴き手に感じさせてくれる演奏になる。

 そして、このオラトリオが実はこれほど劇的で激しい性格を備えていたのか、と改めて見直させてくれる演奏でもあった。オーケストラもかなり激しく咆哮し、合唱も天使や悪魔の役柄を、起伏豊かに表現した。
 ほとんど出ずっぱりで歌うシュミットのジェロンティアスは、第1部では死にかけた者、第2部では異なる世界に入った「魂」というキャラクターから、落ち着いた歌唱を繰り広げたが、これにドラマティックな表現で起伏をつけるクックとモルトマンの歌が絶妙なバランスを生じさせていたことも特筆すべきであろう。

 それにしても、字幕が欲しかった。ミサ曲と違ってある程度のストーリーがあるし、しかも2部併せて1時間40分もの長大篇詩でもあるし━━。

コメント

Gerontiusのかな表記

東条様
いつも的確かつ含蓄に富んだ批評をありがたく拝読しております。
エルガーはじめ英国音楽について「趣味以上・副業未満」で時々ものを
書いております。
Gerontiusのかなかな表記についてはわたくしも昔から悩んでおり、
いろいろと調べたのですが、結論はありません。
ノット氏の発音も「ありうる発音の一つ」ですが
唯一の解答ではありません。わたくし自身、さまざまな年齢、
地域、職業の英国人に発音してもらったのですが、みなそれぞれ
でした。あえて言えば「ジェローンチウス」と発音した人が4割ほど
でした。エルガー解釈で有名な指揮者サー・エイドリアン・ボールトは
何かのインタヴューでは「ゲローンチウス」に近い発音をしていました。
しかし、これも唯一の正解ではなさそうです。エルガーあるいは
詩の原作者のニューマン̪師の発音した記録が音声で残っていると
よいのですが、管見のかぎり存在しません。
要するに「日本」を「ニッポン」「にほん」「ひのもと」のどれで
発音したらよいか程度のことでよろしいかと愚考いたします。
等松春夫

14日のSHの定期で初めて聴きました。UKで三大オラトリオの一つと言われるだけの名曲でした。オラトリオと演奏会形式の宗教オペラに近いもの。前奏曲は成程ワーグナー風で始まり、大編成のオケにパイプオルガンも入り厚みと迫力ある演奏に練習を積んだとわかる合唱団に3人のソリストもレベルが高かった、出番が少なかったがバリトンのモルトマンが特に良かった。ノットとオケ、合唱が相俟って大変素晴らしい演奏会、もっと取り上げて然るべきと思います。字幕がなしですが、プログラム冊子の英文と和訳をチラッと参照しながら、内容はほぼ理解出来ました。

 この公演はサントリーの方を聴いたのですが、残念ながら、私の感想としては、合唱が全くバランスもガタガタ、発声も拙いところが多く、表現も音楽記号のレベルだったように思いました。アマチュアだから仕方ない、とも言えましょうが、各々の仕事にも忙しい人々に無理に暗譜させる時間があったら発声に時間をかけるべきですし、昨年、神奈川県立音楽堂で、高校生に無理にメサイアを暗譜で歌わせている企画があったそうなのですが(主催者が随分自慢していたようです。)、こうした変な暗譜主義がエスカレートしていることも問題でしょう。また、何よりこうした大作を楽団の威信をかけてやるのであれば、プロの歌手をしっかりお金をかけて投入するべきだと思いました。
 また、先生はN響のイワン雷帝の合唱を評価しておられましたが、この公演でも、私などは、テノールを中心に音がまとまらない部分など、気になる部分が多かった記憶があります。更に、この公演では合唱:東京混声合唱団、と銘打ってはいたのですが、明らかに正団員をはるかに超える人数(少なくとも倍くらい)であり、非常に違和感を覚えました。失礼ですが、もう少々、合唱の良し悪しやあり方について、多角的なコメントをお願いしたいと思います。
 (少々、異なることで恐縮ですが、先生は欧米での鑑賞経験も多く、全国を回っておられ、最高の音楽を聴く努力をなされていて、それですばらしいとは思うのですが、失礼ですが、私からすると、聞き方として、やや音楽の世界の一面に偏っているようにも思います。)

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