2018-07

2018・7・6(金)広上淳一指揮日本フィルのバッハ&尾高

      サントリーホール  7時

 バッハの「管弦楽組曲第3番」と「マニフィカト」の間に、尾高惇忠の交響曲「時の彼方へ」を挟んだプログラム。
 異色の選曲だが、プレトークでマエストロ広上が強調していたように、「名曲」と「初めて聴く現代の作品」とを付け合わせたメニューにより、新しい味を知るという料理コースは、大いに有益であると思う。

 「管弦楽組曲第3番」は、弦16型の、最近ではあまり聴かれなくなった大編成スタイルによる演奏だったが、これで聴くバッハの作品は極めて壮大壮麗で、むしろ新鮮な趣を持つのではないか。
 これもマエストロが語っていた、「どのスタイルで演奏しなければいけないという考え方はあまりに狭量に過ぎる」という意見には私も同感である。特にこの「3番」のような、一種祝典的な輝かしさを備えた作品では、この大編成スタイルは生きて来る。

 ただ、それはいいのだが、今日の演奏はちょっと粗い。それに、モダン奏法の16型弦楽器群と、古楽器的奏法のトランペットやティンパニの共存は、どうも何かアンバランスな響きではないか? 特にティンパニは序曲では音量が大きすぎた。その後は抑制されていたが━━。

 尾高惇忠の交響曲は、仙台フィルの委嘱により作曲され、東日本大震災の年の2011年の9月に仙台で初演されたもので、その後2012年に尾高賞を受賞、6月にN響により再演されている。曲想は、20世紀前半の、特にフランス系の作品へのオマージュを感じさせるが、40分近い長さ、大編成管弦楽による層の厚い響き、一つのモティーフを対にして反復する手法、古典形式の導入など、伝統的なスタイルを通じて聴き手を濃密な体験に引き込もうとする力感に溢れているだろう。

 再びバッハに戻っての「マニフィカト」は、先ほどよりも管弦楽編成をやや小ぶりにし、合唱が東京音大、声楽ソリストは鈴木玲奈、吉田和夏、中山茉莉、吉田浩之、浅井隆仁という顔ぶれの協演で演奏されたが、これは残念ながら期待を大きく下回った。
 広上淳一にしては散漫な指揮という印象もあったが、オーケストラが少々纏まりを欠いていたのは、日本フィルがバッハに慣れないということと、この楽団が定期の初日に露呈させる悪い癖の所為かもしれぬ(たいてい2日目は良くなるのだが、初日を聴きに行った客に対しては、それでは困る)。

 だが何よりも問題は、声楽ソリストたちの歌唱に生気と確信が感じられないことにあった。特に女声陣の声はか細く、ステージ前面に並んでいるにもかかわらず歌唱がオーケストラに埋もれて、こちらの2階正面中央最前列の位置からはほとんど聞えなかったのである(歌い方の問題もあったかもしれないが、2日目はどうだったか?)。ゲストコンサートマスターは白井圭。

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