2020-04

9・27(土)アルミンク指揮新日本フィル「ばらの騎士」

  すみだトリフォニーホール (マチネー)

 定期公演で大作オペラを演奏、気を吐くオーケストラがまた一つ。
 これも好調のコンビ、クリスティアン・アルミンクと新日本フィルが、R・シュトラウスの「ばらの騎士」をセミ・ステージ形式で上演した。恒例の「コンサート・オペラ・シリーズ」の一環である。

 舞台手前に演技のためのスペースが作られ、オーケストラは舞台奥に配置される。そのためやや遠い感じの飽和的な響きになるけれど、厚みは充分である。冒頭のホルンがはっきりと力強く響き渡れば、もうそれでその日の演奏の雰囲気が一瞬にしてわかるというものだろう。

 アルミンクと新日本フィルは、見事に充実した演奏を聴かせた。
 官能性が足りないとか、クールだとか言って貶す人もいるようだが、エロティシズムや陶酔をことさらに過剰な情感で描くことをしないのがアルミンクの個性なのである(11日の「トリスタン」と全く同じスタイルの演奏だ)。第3幕での、オックス男爵とマリアンデル(オクタヴィアン)のやりとりの背景に流れる演奏の叙情的な美しさは聞き逃されるべきではないし、大詰めの三重唱と二重唱でオーケストラの音色を満たしていた透明で清澄な官能美を聴きとることだって、容易いだろう。

 歌手たちもいい。ナンシー・グスタフソンは大人の元帥夫人を聴かせ、ビャーニ・トール・クリスティンソンはやや野卑だが愛すべきオックス男爵を歌った。ユルゲン・リンのファーニナルは第2幕の最後でなかなかの存在感を示す。この役は初めてという藤村実穂子が毅然たるオクタヴィアンを表現、代役で登場したヒェン・ライスも可憐で魅力的なゾフィーを歌った。特にこの2人が最後に聴かせた二重唱は、きわめて印象的な幕切れを形作った。

 ステージ演出(飯塚励生)には、少々疑問がある。かなり動きもあり、単純ながらそれなりに演技も工夫されているのだが、そもそも「セミ・ステージでの演技」というものは、それを凝れば凝るほど、それはますます限りなく「中途半端なオペラ」に近づく結果になるのではなかろうか? 
 これは、この種の上演には必ずついて回る問題だが。
   音楽の友12月号カラー頁

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