2019-12

2018・5・17(木)尾高忠明指揮大阪フィルのベートーヴェン

     フェスティバルホール  7時

 また大阪へ。
 第3代音楽監督・尾高忠明が就任早々開始したベートーヴェンの交響曲ツィクルスの第1回を聴きに行く。4月の就任披露定期(ブルックナーの「8番」)が好調だったこともあり、大阪フィルの今後を占う意味でもこのツィクルスは重要である、と認識しているゆえに。

 プログラムは、ちょっと珍しい構成で、「《プロメテウスの創造物》序曲」、「交響曲第1番」、「《エグモント》序曲」、「交響曲第2番」という配列。
 ベートーヴェンの交響曲ツィクルスの場合、序曲を含めるというスタイルはあまり多くない。今回のツィクルスでも、この第1回のみに見られるプログラミングである。しかし、「第1交響曲」の前に「《プロメテウスの創造物》序曲」を置いたのは実に卓抜な発想であった。

 交響曲を番号順に演奏して行く試みの初回として、「1番」と「2番」だけでは(いろいろな意味で)サマにならない、ということもあるだろう。
 だが、この序曲と「第1交響曲」には、主調が同じハ長調であり、しかも導入部に属七の和音などを繰り返しつつ、回り道しながらやっと主調に入って行く━━という特徴が共通していることは周知の通り。

 事実、「プロメテウス」のハ長調の和音が叩きつけられる終結を聴いたあとに、続けて「第1交響曲」を聴くと、その冒頭━━へ長調からイ短調、ト長調と、属七の和音を伴ったりしながら迂回し、やっとハ長調の主和音が登場するまでの「捻りに捻った」流れが、よりスリリングな表情を帯びて感じられるのだから面白い。
 「1番」を単独で聴けば「初めてハ長調に辿り着いた」という感覚になるところを、序曲のあとに続けて聴くと、「またハ長調に帰って行く」という、不思議な安心感が湧いて来る、という所為もあろうか。

 いずれにせよ今日は、「序曲」でも「第1交響曲」でも、演奏に籠められた気魄が物凄く、そのエネルギーは極めて強靱なものだった。
 前者では、冒頭の強烈なアタックと、それに続く強い推進力に富んだ展開が印象的で、とかく軽いというこの曲のイメージを払拭して力感充分、強調して吹かれるとえらく単調に聞こえる管のファンファーレ的モティーフも、今日は弦とのバランスの変化で多彩さを出していた。
 また後者では、鋭いティンパニのアタックをはじめ切れ味の良さが目立っていた。鋭いデュナミークの対比はベートーヴェンのお家芸だが、今日はとりわけそれが目覚ましかったのである。

 「第2交響曲」も同様、第1楽章の終結近く(第318小節以降)、あるいは第4楽章の終結近く(第372小節以降)で爆発する最強奏個所での演奏の強烈さと鋭さは、若きベートーヴェンの気魄を見事に再現するものであった。今日の演奏は、まさにベートーヴェンがスコアに指定した通りの「アレグロ・コン・ブリオ」だったのだ。

 近年、些か荒れ気味の様相を呈していた大阪フィルのアンサンブルも、今日は予想通り整備されていた。尾高の就任は好結果をもたらすだろう。彼の指揮は、派手さはないけれども、確実な結果を出すタイプである。
 このツィクルスも、期待充分だ。次回の「英雄」なども聴いてみたい気もするけれども、新幹線も宿泊も結構費用が掛かるので、そうたびたび大阪まで来るわけにも行かぬ。

 なお、今日使用されたスコアは、ブライトコップの新版だった。弦14型による演奏で、コンサートマスターは崔文洙。

コメント

こんばんは。大フィルファンです。
尾高忠明音楽監督就任と聞いた時は少しがっかりしました。優秀な指揮者、トレーナーであることは明白ですが、尾高のスタイルからは、ある一定以上の感動が得られることを想像しにくいからです。(大植時代は良い意味でも悪い意味でもとんでもない演奏がありました)
ただし、今の浮き足だった大フィルを立て直すのにはいい選択なのかもしれないと思っています。
しかし、定期演奏会を振るのは年に二回だけ。その代わりのベートーヴェンチクルスなんとだと思いますが…。そのコンマスが首席客演っていうのはどう思われますか? 崔文洙はもちろん素晴らしいコンマスですが、音楽監督と新しい音作りをするはずのこのチクルスのコンマスが「客演」に任されるというのは、なんとも寂しい限りです。本来「客演」ではない方の首席コンマスと音作りをするべきと思うのですが…。
市からの補助金削減に加え大スポンサーである関電のピンチと不幸続きですが、何とか地に足をつけて、大阪の誇りになるオーケストラになれるよう頑張ってほしいと思っています。東条さんに旅費とホテル代を払ってでも大阪でしか聴けない音楽がある!と思ってもらわなければいけないでしょうね。

こんばんは お邪魔します

以前は京響に専念していまして、どうか京都にもお運びくださいと、度々申し上げておりましたわたしではあるのですが、わたしの音楽経験の深いところには、1986年の朝比奈さんと大フィルのベートーフェン・ツィクルスがありますから、この尾高さんの第一回目、聞き逃すわけにはゆきませんでした。

一番二番で集客はどうなるのか、という声もありましたが、お書きになっておられましたようにGに寄道してからCに入るといった道筋で共通するプロメテと第一を、尾高さんがどうさばくのか、というのはプログラム発表以来、興味津々だったのでした。交響曲全集を、いきなりpの第一ではじめるのではなくて、プロメテ序曲の、ザン、ザン、ザン・・・で開始するのは、とても斬新だった思います。

後半のエグモントと第二の取り合わせも、どちらにも頻出するfpやsfpが、それぞれ短調長調でどう響くのか、いうあたりに狙いがあったのかもしれません。

四曲を通して弦楽五部の集中はすばらしいものでした。工夫に満ちたボーイングが末端まで浸透して、これが若書きの二つの交響曲に、活き活きとした息吹を与えていたと感じました。できることなら、このシリーズは崔さんに担っていただくのが賢明ではないでしょうか。

これは三階席から聞いたからかもしれませんが、管楽器とティンパニーの響かせ方は、いささか残念で、木管方々はアタックが遅れがちな上にも響きに統一がなくて、場面場面をくすませがち。一方ティンパニーは大フィルの素晴らしいトーンを受け継ぎながらも、前のめりの突込みが弦の拡がりを打ち消す場面が多く、これは3番以降の問題となるかもしれません。そんな中でも、エグモントの持ち替えピッコロは極めて秀逸でした。

14型(ただしコントラバス7)2管でこの充実ですから、今後も期待大ですが、この路線で突き進むのでしたら、とくに8番7番をどう組み立ててくるのかとても気になります。

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