2018-09

2018・5・3(木)ラ・フォル・ジュルネ(1) 「ROAD TO FREEDOM」

     東京芸術劇場コンサートホール  6時30分

 今年の「ラ・フォル・ジュルネ」は、開催会場としていつもの国際フォーラムなど有楽町・丸の内界隈の他、池袋のこの東京芸術劇場を新たに加えた。

 席数1999のコンサートホールと、ふだんは演劇上演に使用されている席数約270の「シアターイースト」と「シアターウェスト」がその会場である。
 初年度とあって未だ規模が小さいため、ホワイエには国際フォーラムのような熱気はないが、音楽祭としての知名度と、メインのコンサートホールの音響の良さということもあってか、公演へのお客さんの入りは結構良いようである。

 その中で、「バーバラ・ヘンドリックスがブルース、黒人霊歌などを、ラ・フォル・ジュルネ・スペシャルバンドで(と)披露」と公式プログラムに題された公演(T115)に出かけてみる。
 音楽の性格上PA付きだから、必ずしもこのホールのアコースティックとは関係はないが、それはそれとして、この音楽の持つ訴求力の凄さにはいつもながら心を打たれずにはいられない。

 バーバラがこの種の歌を歌うのは、20年前に録音されたCD(EMI盤)でしか私は聴いたことがなかったので、ナマで聴くのはこれが初めてになる。今回ステージで歌う彼女の声と姿に接して、あのCDの頃に比べて声も随分重く暗くなっていて、しかもかつてオペラの舞台で聴き、観た彼女とも全く別人のような雰囲気になっていたのには少々驚いたし、感慨深いものもあったのだが、しかしなおそのヒューマンな味を湛えた歌唱には感心した。
 協演はマティアス・アルゴットソン(pf、org)、マックス・シュルツ(g)、ウルフ・エングランド(g)。

 帰宅して、昔出た彼女の東芝EMI盤を何枚か棚から引っ張り出し、懐かしい想いでもう一度聴きなおしてみる。

コメント

懐かしい名前ですね。。

バーバラ・ヘンドリックスBarbara Hendricks

1986年ウィーン国立歌劇場日本公演”フィガロの結婚”を教育テレビで視聴しました。(調べたら、1986年3月21日とのこと。ウィーン国立歌劇場自体の初登場のB・ヘンドリックス。)
日本公演でのウィーン初登場。
このスザンナは東京1回・大阪1回。
”ばらの騎士”ゾフィーを東京1回・名古屋1回・大阪1回。
結局、本家ハウスの舞台では、スザンナをこの後1988年12月にも3回。ジルダを3回歌って。
3演目(だけでウィーン自体とは”さようなら”。)とウィーンの公式HPのアーカイヴに配役表が掲載されています。

実演に接したのは、1996年6月のハンブルグ歌劇場日本公演。アンドレアス・ホモキ演出の”リゴレット”(新演出時、指揮者ロベルト・アバド マントヴァ公のマルチェロ・ジョルダーニが芸術的理由で2人降板したことで話題をさらった舞台)
(第2幕+第3幕)一括りの舞台で、リゴレット・ジルダの二重唱が終わって。パラパラ拍手。「あっ、ここが第2幕の終わりなんだ!」と初めて知る。
バーバラ・ヘンドリックスのジルダ。
フランツ・グルントヘーバーのリゴレット役が断然上。(上塗りするように翌月にシモン・ボッカネグラを聴いていて、アマンダ・ロークロフトのアメーリアを圧倒していて)「ヘンドリックスもロークロフトもしょせんモーツァルト歌手だよ。」と偏見を持ったりもしました。
<さて、>
市原多朗のマントヴァ公は、第2幕冒頭のアリアの最後の最後で声が破けてしまって。聴衆の拍手は冷ややか気味。
ニン・リャンのマッダレーナに勢いがあって、スパラフチレのシモン・ヤン を食っている部分もあり、嵐の中の殺害現場がフラッシュを焚くようなストップモーション効果に目を奪われ。。。。ジルダの声が照明効果に負けてしまって弱い。
大野和士指揮は、東京フィルの”オペラコンツェルタンテ”で慣れていたから「こういうものなんだ!」。
アンドレアス・ホモキの舞台が理解できず。有名な歌手バーバラ・ヘンドリックスが起用されていても、(新演出初日のハンブルグでは、ジルダがヘレン・クウォンだということは英国誌で知っていたから。)やはりヘレン・クォンで聴きたいと思いました。彼女はデスピーナ役で好演していたし、面白かった。
日曜日の公演/1996年日本公演最終日だったのに、お客さんの反応は良くないと思ったものでした。
このリゴレット。グルントヘーバーの一人勝ちに思えてならず、日本用キャストのバーバラ・ヘンドリックスが可哀想でした。容姿は決して悪くないのに。演出意図についていけず/ウォルフガング・グスマン特有の舞台装置に押しつぶされ/合唱団員・マントヴァ公の原色志向のウォルフガング・グスマンの同時担当に負けてしまっていました。

バーバラ・ヘンドリックスの黒人霊歌集のCDジャケット/ドビュッシーの歌曲集の華凛な姿のCDジャケットは、よく覚えています。
また、キャスリーン・バトルのカラヤン/VPOのニューイヤーコンサート および ミュン・フン=チュン指揮パリ・バスチーユオペラ管弦楽団の演奏会にK・バトルがベルリオーズとR・シュトラウスの歌曲をバスチーユで聴いていたので、ヘンドリックスの存在感が。。その後のK・バトルのMETでの騒動が大きいので。。
さらに、ジェシー・ノーマンの活躍時期と重なり印象が弱くなりがちなのは残念に思います。
そうだとしても、華凛さ/大きな失点もない のが彼女の歌手生命での現在の姿だと思います。ジェシー・ノーマンは東京でのモノオペラを来日しながらも帰ったことありましたよね。(ウィーンでも、バイロイト直後のシノポリ指揮の”タンホイザー”エリーザベト降板があります。私はFM-fanという雑誌で読んだに過ぎないのですが)
サッカーゲームに例えたら、得失点が少ないのはヘンドリックスだと思います。
歌手生命温存、おめでとう!!と聴いてないけど思います。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/2951-1cdc3192
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

お知らせ

●2007年7月以前のArchivesを順次、当時の日記を修正せずにアップロード中です。併せてご覧下さい。
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月

Category

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」