2020-07

9・19(金)尾高忠明指揮札幌交響楽団定期
「ピーター・グライムズ」

  札幌コンサートホール Kitara

 札響が総力を挙げた「ピーター・グライムズ」(ブリテン)演奏会形式上演。音楽監督・尾高忠明が入魂の指揮だ。

 英国BBCウェールズ響桂冠指揮者であり、ウェールズ大学名誉博士、ウェールズ音楽演劇大学名誉会員、大英勲章CBE受章者、英国エルガー協会エルガー・メダル受賞者でもある尾高が得意とするレパートリーである。それゆえ彼はこのオペラを、相性のいい札響とぜひ演奏したかったのだろう。彼は10年ほど前にも読売日響を指揮してこのオペラを演奏会形式で上演し、成功を収めているが、今回は歌手陣をすべて日本人で固めた上演にしていた。

 タイトルロールは、福井敬が歌った。現在、日本で最も役柄の掘り下げの巧い、最も安定したテノールである。この人の歌唱は、本当に安心して聴いていられる。
 彼の個性もあって今回のグライムズは、決して粗暴でも根っからの悪人でもなく、むしろ神経質で孤独であり、人並みの幸福を夢見ながらも、おのれの狷介な性格のために村人から疎外されていく男として描き出されていた。これは、あのジョン・ヴィッカーズのような粗暴スタイルとは全く対照的な性格表現である。が、かつて作曲者ブリテン自身が、ヴィッカーズのグライムズは「根本的に誤り」と激怒していたという事実からも、福井敬の解釈は正しいだろう。

 エレン・オーフォード役は釜洞祐子、気品があってすばらしい。ただし、バルストロード船長の青戸知は、この役柄にしては雰囲気も声も若すぎ、酸いも甘いも噛み分けた退役老船長としてグライムズに引導を渡せるだけの説得力を欠いて、惜しいかなミスキャストの感が強い。
 その他、セドリー夫人の岩森美里ほか歌手たちは好演。合唱(札響合唱団、札幌アカデミー合唱団、札幌放送合唱団)も健闘した。総じて、みんな歌いにくい英語によく取り組んでいたと思う。
 
 この上演で使用されたのは、1963年の出版譜だった。一般の上演でしばしば省略される個所も、すべてノーカットで演奏された。そのため演奏時間もかなり長いものになり、ドラマの追い込み、たたみ込みが多少妨げられるという作劇上の問題も感じられるところもあった。が、人物の意外な側面が浮き彫りにされたところも多い。きわめて意義深い演奏であった。

 尾高と札響は、演奏会形式の長所を最大限に生かして、ほとんど聞こえないような最弱音の美しさを追求し、成功を収めていた(こんな弱音は、オーケストラ・ピットではまず不可能である)。このピアニシモあってこそ、フォルティシモが完璧に生きてくる。村人の群集心理が爆発し、理不尽なグライムズ糾弾に向かうまでのクレッシェンドと最強音が意味深いものになるのはそれゆえである。このようなデュナミークの大きな幅が、音楽に壮大な起伏を与えていたのだった。
 コンサートミストレスの大平まゆみの見事なソロも含め、尾高と札響の演奏は実に卓越したものであり、このオーケストラの歴史に記念すべき1ページを加えたことに疑いはない。

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