2019-10

2018・3・24(土)上岡敏之指揮新日本フィルハーモニー交響楽団

     すみだトリフォニーホール  2時

 レスピーギの「ローマの噴水」、ボッテシーニ(1821~89)の「コントラバス協奏曲第2番ロ短調」、チャイコフスキーの「悲愴交響曲」。

 所謂「上岡ぶし」が最も成功していたのは、「ローマの噴水」ではなかったろうか。
 「ローマ3部作」の中では、いちばん清澄で、美しい幻想的な音色に満たされたこの「ローマの噴水」━━ここでは、上岡が新日本フィルから引き出す陰翳のある響きが生きる。
 「真昼のトレヴィの泉」以外の3つの部分では、あまり「噴水」というイメージのない、くぐもったような表情の演奏になっていたが、それはそれで興味深い。
 その「トレヴィの泉」でも、シンバルの響きが如何にも激しい水飛沫という感を出していたものの、トランペットなど金管群は極度に抑制され、弦楽器群を前面に出したバランスがつくられていた。こういう演奏は、「海神ネプチューンの壮大な行進」というイメージからはおよそ遠いものだろう。しかしまあ、それなりに面白いといえば面白い。

 だが期待していた「悲愴交響曲」では、その凝りに凝った音のバランスが、私にはあまりに神経質なものに感じられ、些か閉口させられた。まるで偏執狂的で冷酷な精神分析医によって、こちらの心の奥底までをバラバラにされるような━━などと言ってはイメージが過ぎようが、早い話が、チャイコフスキーが哀愁の中にも毅然として失わなかった威厳と風格をもすべて破壊するようなこの解釈を聴いていると、疲れ、苛々して来る。
 それにこの演奏では、新日本フィルも、上岡の細かい音づくりに追いついて行けなかったような印象を得たのだが。

 ボッテシーニのコントラバス協奏曲では、新日本フィルの首席コントラバス奏者、渡邉玲雄がソロを弾いた。まるでチェロのような流麗な音色が見事だ。珍しい曲を聴かせてもらった。コンサートマスターは崔文洙。

コメント

コントラバス協奏曲

お疲れ様です。
以下の逸話を思い出していました。
ウィーン・フィルのコントラバス奏者ルートヴィヒ・シュトライヒャーは、練習がはけた後、ひとりで、会場でさらっていた。
と、そこにひとりの老人が現れ、座席で聞き入っていたが、一通り終わると、シュトライヒャーのもとに近づき、「私は、あなたが弾かれたような素晴らしい音楽は、今まで聞いた事がありません。」と語り、去っていった。
後で聞くと、その老人の名は、アルトゥール・ルービンシュタインだった。

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急遽

24日、夜の他公演が中止になり、それならば上岡×新日フィルを聴く良い機会、と足を運びました。

あまりに抑制されて、繊細で~これはつかれた、神経をつかう、とメモに書いておいたところ、先生からも似たようなワードが。

今回はなるべく先入観をもたずに臨みましたが、あとから先生の過去記事を読み返して納得。上岡さんの音楽づくりを再認識した次第です。今回に懲りず、再チャレンジしてみたいと思います。

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