2019-06

2018・3・3(土)びわ湖ホールプロデュースオペラ「ワルキューレ」初日

     滋賀県立劇場びわ湖ホール  2時

 びわ湖ホールが昨年から開始したワーグナーの「ニーベルングの指環」ツィクルスの第2年「ワルキューレ」。芸術監督の沼尻竜典が指揮する京都市交響楽団、ミヒャエル・ハンぺ(演出)、ヘニング・フォン・ギールケ(舞台美術・衣装)、齋藤茂男(照明)。

 歌手陣は、ワルキューレ全員を含めてダブルキャストである。今日は初日で、アンドリュー・リチャーズ(ジークムント)、森谷真理(ジークリンデ)、斉木健司(フンディング)、ユルゲン・リン(ヴォータン)、ステファニー・ミュター(ブリュンヒルデ)、小山由美(フリッカ)。他のワルキューレは、小林厚子、増田のり子、増田弥生、高橋華子、佐藤路子、小林紗季子、八木寿子、福原寿美枝。

 あふれんばかりの期待のうちに上演が始まったが、━━沼尻竜典と京都市交響楽団の演奏が、第1幕ではどういうわけか、例年のこのコンビの演奏からは想像できないくらい、熱気に乏しい。つまり、ノリが悪かったのである。
 沼尻の指揮の設計にも、疑問を呈したいところがなくはなかった。暗鬱な前半(フンディングとジークムント兄妹の場面)と、明るさが生まれる中盤(兄妹の愛の場面)との演奏において、テンポや音色などに対比が全く感じられず、最初の重く沈んだ雰囲気がずっと続いて行ったのである。この2人がいくら悲劇的な運命に支配されているからといっても、音楽の構成には、常に明暗・緩急の対比が盛り込まれているはずだと思うのだが・・・・。

 その上、歌手たちの歌唱も演技も、何となく密度が薄い。ジークムントのリチャーズが、聴かせどころの「ヴェルゼ! ヴェルゼ!」の1回目のフェルマータを全然利かせなかったのはどういうわけか? ジークリンデ役の森谷真理も歌詞と歌唱になぜかメリハリが不充分。フンディングの斉木健司は、もともと不愛想な役柄だから、それなりの暗さを聴かせていたけれども。

 休憩時間に話したワグネリアンの知人たちも、私と同様、みんな首をひねる。「おかしいですねえ」「全然盛り上がりませんねえ」という具合だ。
 だが幸いにも、第2幕での演奏は、中盤以降から次第に上向いて来た。
 次の休憩時間での「室内楽的な綺麗さはありましたねえ」という意見は、好意的な表現かもしれなかったが、私もさしあたりは同感である。「でも第3幕は、もう少し壮大になってほしいよねえ」「なんたって、ワーグナーなんですからねえ」

 そうして始まった第3幕の「ワルキューレの騎行」の最初の弦の閃きが、あまりに機械的で表情に乏しかったので、今日はやっぱり駄目か、と一瞬落胆させられたものの、それは幸いにも杞憂に終る。「騎行」の途中からは、演奏はみるみる熱気を帯びて行った。これこそが、例年の沼尻と京都市響の音楽である。

 「ジークフリートの動機」が初めて登場した後、それが繰り返される後半部分のヴィオラとチェロが、これだけ優しく、救いを感じさせるように演奏されたのを、私は聴いたことがない。
 怒りに燃えたヴォータンが登場するあたりの京都市響の怒号も凄まじく、一転してヴォータンの「もはやお前に口づけしてやることもない」の歌詞の背景に流れる音楽の中で、哀愁をこめてオーボエが上昇し、大神の内心にある悲しみの念を描くあたりの叙情的な演奏も、期待通りのものがあった。また「ヴォータンの告別」の音楽は、厳上に佇立する父娘の美しい姿と合致して深い情感を沸き上がらせ、絶品であった。
 
 こういう━━第3幕に、それも第3幕だけに頂点を持って来る演奏構築は、最初から指揮者の意図だったのかもしれないが、それにしても程度によるだろう。客の立場から言うと、あまり嬉しくはない。
 この各幕の演奏の出来に対し、今日の観客の反応は、ブラヴォーの声の量を含めて、まことに正直なものがあった。

 ミヒャエル・ハンぺの演出は、ヘニング・フォン・ギールケの舞台美術とともに、予想通り基本的に台本に忠実で、ただありのままに、というスタイルだ。これくらい、写実的で解り易い演出はない。
 しかしそれは、「何もしない」という、所謂アイディア不足の演出では決してないことは、明言していいだろう。登場人物の演技には、両手を広げて客席を向いて歌うだけ、などという陳腐な手法はもう見られない。すべての場面で、それなりの微細な表情が徹底されているのである。

 とりわけヴォータンの、ジークムントやブリュンヒルデへの愛と、それを貫く自由さを持てぬ悲哀の感情を、ハンぺの演出が、実に詳細に描き出していたのを見逃してはならないだろう。
 第3幕でのヴォータン(ユルゲン・リン)の演技は極めて微細で、ブリュンヒルデを威嚇し、怒号する場面でさえも、その表情には時に秘かな苦悩の表情が浮かんでいた。「ヴォータンの告別」のシーンはもちろん、「この槍を恐れる者は火を踏み越えてはならぬ」と宣言した後でもなお厳上に立ち尽くし、娘の上に愛し気に手をかざして見つめているといった深い情感に富んだ演技は、他の演出ではあまり見られないものだ。第2幕で、非業の死を遂げた息子ジークムントの眼を閉じてやるといった演技も同様である。

 ただし、その場では、よくあるような、ジークムントが死の間際に懐かしい父を認めるといった演技は、今日の舞台では見られなかった。ジークムントはむしろ、フンディングを憎々しげに睨みつけ、最後の力を振り絞ってジークリンデの方に手を差し伸べるという動作を行なっていた。これは珍しい演出だろう。
 そしてその幕切れでは、ヴォータンはブリュンヒルデを追って早めに舞台から去り、あとには2人の男の亡骸だけが残っている光景が通常より長く続く。これも感動的だった。

 歌手陣は、今日はよく言えば実に「さまざま」で、舞台としてのバランスには多少問題があったように感じられた。ユルゲン・リンは、やはりトシ取ったかなという雰囲気だったが、滋味はある。今回の演出では、横や斜めを向いて歌うシーンが多いので、声の点では多少損をしているところもあったかもしれない。リチャーズと森谷真理は尻上がりに調子を出して行き、特に後者は第3幕で力を全開したといった印象。ステファニー・ミュターと斉木健司と小山由美は、責任を果たしていた。

 ギールケの舞台装置は、流行のプロジェクション・マッピングを主体としたものだ。森の中だろうとフンディングの館だろうと、桜の園だろうと、瞬時に切り替えられるこの技術的システムは、実に便利である。ただ、今回は思ったよりは控えめな使用であった。
 「ワルキューレの岩山」は、岩が下手に向かって船の舳先のように突き出した形状で、それは1930年代のバイロイトで有名だった、エミール・プレトリウスの舞台装置に酷似している(そこまで似せていいのか?)。
 第3幕で、馬に乗ったワルキューレたちの映像が空を飛んで行くといった趣向は、甚だマンガチックではあるが、こういうのはむしろ、挿入されたユーモアととらえておいた方がよかろう。ラストシーンの「魔の炎」は、舞台手前の紗幕と背景とに映写される「火」の映像だが、これはすこぶる盛大だったものの、些か魔性的な雰囲気を欠くタイプのものであった。

 ともあれ、このように、今日では希少な存在となった演出スタイルをも大切にしておきたいというのがびわ湖ホールの━━というより、沼尻芸術監督の方針のようである。それはそれで一つの存在意義を持つだろう。

 字幕は故・三宅幸夫氏のもの。時に大時代がかった演歌的(?)な表現も見られるのは事実だが、実に明快で読み易く、解り易い。ドラマの緊迫感をかき立て、音楽と一体になって劇的興奮を盛り上げる力を持っている訳文である。
 30分の休憩2回を含み、7時終演。
      →別稿 モーストリー・クラシック5月号 公演Reviews

コメント

初めてのびわ湖ホール(関東から)、初日とワークショップに足を運びました。

第1幕は、まさに先生の書かれた通り…あの時の私の言葉で表現するなら、ピンと張り詰めた緊張感もないし、後半の叙情的な感じもない。これは京響、歌手(歌唱&演技)のいずれもです。
「ヴェルズングの血よ、栄えよ」からのラストでは、本来なら破滅をも予感させる、えもいわれぬ高揚感で終えるはずのところなのに、首をかしげてしまい、大きな拍手は送れませんでした。

第2幕になり、小山さんのフリッカが登場したあたりから、空気が変わり、そこからはよくなりました。

圧巻、ドラマティック、劇的、といった感じは、全体的にあまりなかったものの、私には未知で不安もあったミュターはよかったし(彼女に関しては、初日を購入して悔いなし)、CDではいつも胸に迫るヴォータンの告別の場面も、大感動とまではいきませんがまずまずでした。

京響は、さすがという演奏を予想していましたが、まあ普通かな、と。2日目のほうがよかったのですね。
第2幕で、ヴォータンが娘に事の顛末を語る場面は、リンの語りとオケのかけあいがよく、アルベリヒの軍勢が、など音楽が実に雄弁で、ここは感心しました。

最後に、プロンプターの声。特に第1幕、とりわけジークムント役には大きめの声で叫ぶのか、いちいち聞こえて気になりました。他にも、単語が明瞭に聞こえることが多々あり、気がそがれました。2LA列前半という場所のためもあるのでしょうか。

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