2021-06

2018・2・23(金)ミハイル・プレトニョフ指揮東京フィル

      サントリーホール  7時

 指揮者プレトニョフのテンポは、近年、ますます遅くなって来る。28年前、自ら創設したロシア・ナショナル管弦楽団を率いて、ブラームスの「第1交響曲」を颯爽としたテンポで演奏していたことを思うと、その変貌ぶりには驚かざるを得ない。この日の「シベリウス&グリーグ」のプログラムでも、その遅いテンポが、ユニークな音楽をつくり上げていた。コンサートマスターは三浦章宏。

 特にシベリウス。1曲目の「フィンランディア」では、前半の「アンダンテ・ソステヌート」における重々しいテンポが悲劇的なイメージを生む。金管群の荒々しいリズムもいっそう凄味を出し、何か不穏な雰囲気が渦巻くといった演奏になっていた。
 「ペレアスとメリザンド」も沈潜の極みで、この曲がこれほど打ち沈んだ表情で演奏された例を、私はこれまでに聴いたことがない。少々鬱陶しかったけれども、この作品を濃厚な悲劇性で覆った演奏として、これは納得が行くものである。
 ただし最後の「第7交響曲」は、重くて濃厚で物々しかったことは事実だが、しかしこれは予想外なほど、ストレートな流れを以って演奏されて行った。

 という具合に、プレトニョフの指揮におけるこの一種の物々しさは、シベリウスでは非常に個性的な面白さを生み出していたのだが、しかしグリーグの「ピアノ協奏曲」では、それがどうやら裏目に出て、作品の抒情的な美しさを薄めたのみならず、曲全体を散漫なものにしてしまったようで、少々腑に落ちぬところがある。
 ソリストの牛田智大の演奏も━━従ってアンコールで弾いた同じシベリウスの「もみの木」の方が、ずっと清らかで透明な、心を打つものになっていたのだった(この若手ピアニストの本領は、今日は疑いなくこの小品で素晴らしく発揮されていた)。

 最後の「第7交響曲」の演奏が始まったのは、すでに9時だった。しかもその24分の交響曲が終ったあとに、プレトニョフと東京フィルは、更にアンコールとして、シベリウスの「ポルカ」(「かわいらしい組曲」という珍しい作品の中の1曲)を演奏したのである。

 時間が延びたのはもちろんプレトニョフのテンポ設定の所為だが、ついでに東京フィルの舞台転換作業にも些か苦言を呈したい。前半の「フィンランディア」から「ピアノ協奏曲」へのセット替えなど、もっとスタッフの人手をうまく配分して要領よくやるべきである。ピアノを真中に出す作業に7分もの時間を要するようでは、お客もダレてしまう。そのかみの伝説的な練達のステージマネージャー、マーちゃんこと宮崎隆男さんがもし見ていたら、雷を落としたに違いない。

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