2021-06

2018・1・29(月)METライブビューイング アデス:「皆殺しの天使」

      東劇  6時30分

 トーマス・アデス作曲、トム・ケアンズ演出による現代オペラ「皆殺しの天使」。
 2年前にザルツブルクで初演され、その後ロンドンでも上演されたユニークなオペラ。METでは昨年10月26日にプレミエされ、11月21日までの間に計8回上演されている。今回上映されたのは、11月18日に行われた7回目の上演のライヴ映像である。

 これは、1962年に公開されたルイス・ブニュエル監督による名画「皆殺しの天使」を基にしている。映画に於けると同様、不条理・非現実性を満載したストーリーで━━、

 ある夜、オペラのあと、ある豪邸の夜会に招かれた「貴族階級」の紳士淑女たちが、何故かその大広間からどうしても出られなくなる。出る気はあるのだが、何故かその行動に移ることができない。狭い空間に閉じ込められた形の紳士淑女たちは、次第に日頃の気取った態度を失って行き、罵声や暴力など醜い人間性を露呈して行く。死者も出る。
 何日かが過ぎるらしいが、ひとりが「あの夜のある時点」を思い出し、皆がその時点に記憶を戻して、行動を「リセット」する。そうすると、不思議にもドアが全開され、全員が解放されて行く━━という、全く非現実的な物語だ。

 いわばサスペンス・オペラのような物語だが、もし几帳面に歌詞の内容を追い、真面目にテレビドラマ的なスリルを追ってしまったら、多分苛々させられるだろう。何しろ会話そのものが、ヒステリックな感情に左右され、応酬の論点が次々にすり替わって行くからである。しかし、この中に籠められた象徴的なもの、寓話的なものは、実に多彩で、意味深くて、深淵で、かつ、あれやこれや思い当たるフシが多くて面白い。

 この物語を彩るのが、トム・ケアンズの緊迫感豊かな演出と、芝居巧者を揃えた歌手陣とが繰り広げる舞台、それにトーマス・アデスが自ら指揮して引き出す彼の瑞々しい躍動感に富んだ音楽なのだが、これがまた、実に素晴らしい。

 歌手陣にはオードリー・ルーナ(レティシア)、アリス・クート(レオノーラ)、サリー・マシューズ(シルヴィア)、ジョゼフ・カイザー(エドムンド)、ロドニー・ジルフリー(アルベルト)、ジョン・トムリンソン(カルロス・コンデ博士)ら大勢が出演しているが、揃いも揃って俳優並みの芝居巧者だ。現代オペラの舞台は、こういう人たちが揃ってこそ成立するというものである。

 そして何よりトーマス・アデスの音楽が、すこぶる鮮やかなのだ。彼らしい明晰な音色としなやかで緻密な表情にあふれた管弦楽法が非常に雄弁で、劇的な表現力に優れている。特に今回はオンド・マルトノが「サスペンスものの常套手段として」(と、METは言う)活用され、不安な気分をそそる(今さら、という気もするが・・・・)という仕組だ。
 休憩1回を含み、上映時間は2時間40分ほど。

(追記)昨年暮れから渋谷のイメージフォーラムで、その映画「皆殺しの天使」が36年ぶりに公開されていたのは、タイアップだったのか? ネットでその関連サイトを眺めていたら、その映画を観たある方が、ストーリーに関してこういう主旨のコメントを投稿なさっていた━━「つまらない飲み会に参加して、帰ろうという気を何度か起したのだが、そのきっかけを失い、結局終電に乗り遅れた夜のことを思い出した・・・・」(原文をかなり書き換えさせていただいた)。しかし、何とも巧い喩えではないか。

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