2020-04

9・10(水)スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮読売日本交響楽団

   サントリーホール

 1曲目のブラームスの「第3交響曲」冒頭、管が膨れ上がり、全管弦楽の第1主題が柔らかく壮大なフォルテで始まった瞬間、「ああ、いいな」と思う。不思議な安心感が、胸の中に沸き起こる。
 「滋味」とは、こういう演奏を指して言うことばなのだろう。名匠スクロヴァチェフスキにして初めて為し得る、温かい語り口である。読売日響もそれを実に上手く演奏に具現化した。第2楽章と第3楽章は、懐かしくも寂しい逍遥だ。

 アリョーナ・バーエワ(すばらしい)をソリストに迎えた2曲目のシマノフスキの「ヴァイオリン協奏曲第1番」では、一転して豊麗でカラフルな音色。これも温かい。
 そして最後のショスタコーヴィチの「第1交響曲」では、節度を保ちながらも、見事なほどに音楽の歯切れがいい。
 老巨匠と読売日響、鮮やかに3曲をそれぞれ性格づけての快演。
 
 ホールの外は、突然今夜から快い秋の空気に。

コメント

久しぶりにオーケストラの素晴らしさを堪能しました。如何に読売日響とは云っても、スクロヴァチェフスキの指揮あってのことです。それにしても不思議なプログラミングです。大曲でも小品でもない、長さにして25分から35分の作品を三つ並べて、現代の演奏会では珍しい部類でしょう。しかも共通点は作品の内部には無さそうそうです。

最初に置かれたブラームスを聴きながら「アタッカつながりだな」と気付きました。ブラームスでは第2楽章から第4楽章までアタッカで、つまり間合いを置かずに演奏されました。シマノフスキはそもそも3つの楽章を単一楽章形式に収めた作品です。そしてショスタコーヴィッチは第2楽章と第3楽章の間だけ間合いを置いて、後はアタッカで演奏されたのでした。

スクロヴァチェフスキという人は実にたくさんのアイディアを持つ音楽家です。「この定期はあの3曲の組み合わせで振ろう。あれならば、ほぼアタッカでやれるぞ。」そんな感じだったのでしょうね。凄い人だ。しかも、どの曲もそれぞれの最高の表現で聴かせてしまうのだから。

その伝でいえば、私にとってブラームスが最高でした。この曲で最も有名な第3楽章が、相対的に霞んで聴こえるほど、他の楽章の表現が冴え渡っていたのです。私の感嘆度合で並べれば、第2、第1、第4、第3楽章の順番となりましょうか。細かく書くと感動が消えてゆくようで、怖くて思い出すことも憚られます。終楽章終結部へ至る語り口の巧さも尋常なものではなく、一夜明けてもまだ胸の鼓動が収まりません。 あんなに充実した、意味深い第3番は滅多に聴けるものではありません。 まさにこの指揮者あって、あのオーケストラありです。(1階11列中央にて)

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/285-42fa3914
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

























Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

お知らせ

●2007年7月以前のArchivesを順次、アップロード中です。併せてご覧下さい。
2007年7月
2007年6月
2007年5月
2007年4月
2007年3月
2006年7月

Category

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」