2021-06

2017・11・26(日)カンブルラン指揮読響「アッシジの聖フランチェスコ」

      サントリーホール  2時

 メシアンの大作、歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」の、演奏会形式による日本初演。
 19日サントリーホール、23日びわ湖ホールでの公演に続き今日が3回目、最終回の上演。

 これはもう、今秋の国内音楽界最大のイヴェントと言ってもいいだろう。作品の価値、上演の意義はいうまでもなく、指揮者シルヴァン・カンブルランの意欲と全身全霊を籠めた情熱の指揮、読響の柔軟な対応力に富む演奏、合唱団(新国立劇場合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル)と9人の声楽ソリストたちの優れた歌唱などが結集した、まさに完璧な演奏だったのである。事務局の企画力をも讃えたい。

 声楽ソリスト陣は、ヴァンサン・ル・テクシエ(聖フランチェスコ)を中心に、エメーケ・バラート、ペーター・ブロンダー、フィリップ・アディス、エド・ライオン、ジャン=ノエル・ブリアン、妻屋秀和、ジョン・ハオ、畠山茂の9人。合唱は新国立劇場合唱団とびわ湖ホール声楽アンサンブル。コンサートマスターは長原幸太。

 35分間ずつの休憩2回を含み、終演は8時近くになった。
 それでも長さをほとんど感じさせなかったのは、もちろん演奏の見事さゆえもあるが、やはり第一には、大編成のオーケストラが噴出させる、メシアン独特の多彩な音色に満たされた音楽の力の凄さゆえだろう。それは所謂メシアン・サウンドの粋ともいうべきもので、彼独特の音楽上の語法はもちろん、若い頃から彼の音楽の柱を成して来た「宗教性」と「鳥の声」なども此処で集大成されていると言っても過言ではない。

 オペラとしてのオーケストラのパートは、無限旋律的に続いて行くスタイルではなく、ナンバー形式によるスタイルでもなく、テンポも拍子もリズムも楽器編成も、音色も表情も対照的に異なる短い2つの主題━━というよりはフレーズと言った方がいいか━━が総休止を挟んで組み合わされ、交互に流れて行くといったユニークな形が多く聴かれる。
 総休止の活用といえば、残響の長い教会のオルガン奏者でもあったブルックナーのお家芸だったが、こちらメシアンの方は、それを更に、比較にならぬほど細かく多用している。そしてそれらが緊張感を失わせるどころか、むしろいっそう高めているのも特徴的であろう。

 第3幕の、特に大詰の「死と再生」で、全管弦楽と大合唱がとめどなく昂揚を重ねて行く個所では、その総休止群が「終りそうで終らぬ」長さを感じさせたことも、全くないわけではなかった。だが、作品と演奏が生み出す法悦感のようなものが、私たち熱心な聴き手を最後まで捉えて離さなかったのも確かなのである。このあたりはもう、カンブルランと読響と合唱団の、集中力に富む演奏のおかげであったことはいうまでもない。

 描写的な要素も、思ったよりは多い。ほんの一例だが、天使(エメーケ・バラート)がやって来て荒々しく猛烈にドアを叩くくだりや、彼女に揶揄された修道僧エリア(ジャン=ノエル・ブリアン)の胸の裡に怒りがムラムラと起こって来るあたりのオーケストラの描写性など、クスリと笑ってしまうような、ユーモアのある表現力を感じさせるだろう。

 歌詞は当然フランス語だが、前述の総休止の中に歌詞が挟まれることも多いので、言葉は実に明確に聴き取れることになる。オーケストラの官能的な大波の中で歌うことももちろん多いのだが、その場合でも歌詞がはっきり響いて来ているのは、カンブルランのオーケストラのバランス制御の巧みさによるところも多いだろう。

 歌手たちはステージ前面で譜面を見ながら歌うが、簡単な身振りや表情を付けているので、オペラのストーリーを理解させるには充分だ。
 題名役を長丁場で歌い続けたヴァンサン・ル・テクシエの風格ある存在感をはじめ、みんな見事な、劇的な歌唱力を示した。特に「重い皮膚病を患う人」を歌ったペーター・ブロンダーは、出番は少なかったけれども、ひときわ劇的な歌唱で第1幕の終曲を盛り上げた。全曲最後のカーテンコールで彼が聴衆の大ブラヴォーを浴びたのは、決して声の大きさだけのためではなかった。

 この作品では、オンド・マルトノが3台も使用され、それらは正面オルガンの下、客席RB最後方の高所、同LB最後方の高所にそれぞれ配置されていた。3台の音がホール内に交錯する個所はあまり多くはなかったが、「鳥の声」が響くくだりの前後では、さすがに妙なる効果を発揮していた。

 なお字幕は、今回はオルガンの左右の壁の高所に設置されていた(サントリーホールでは、時々このような方法が採られる)。だが、2階最前列中央あたりから見てもこれは遠すぎる。しかもそのスクリーンの照度が低いため、字がかなり読み難かったのも確かである。2階あるいは1階のうしろの方の席の人たちからは、もっと見難かったのではないかと思う。

 それにしてもこの大曲が、小澤征爾の指揮によりパリで全曲初演されてから34年、同じく彼の指揮で抜粋が日本初演されて以来31年。やっと日本で全曲上演の形で聴けたというのは、大いなる喜びだ。
 そしてまた、当時この大曲の世界初演を成し遂げ、フランスで絶賛を浴びた小澤征爾の偉業が、今になって人々の心の中に甦った(読響プログラム冊子11月号28頁)のも嬉しい。何しろ当時は、この作品初演に関しては、日本ではほとんど目立った報道がされなかったからだ。84年2月号の「音楽の友」の海外楽信でさえ、長いレポートはあったものの、小澤の指揮については最後にほんの一言付け加えられていたに過ぎなかったのである━━。

コメント

演奏会形式全曲上演。とてもわかりやすかったです。
シルヴァン・カンブルランのとてもよく見通された場数を踏んだ経験の大成功と言えるものでしょう。
ヴァンサン・ル・テクシエ、エメーケ・バラート、ペーター・ブロンダー他も非常にバランスの取れた歌唱力。
演奏会形式だからこその良さを十二分に生かされたことは、まじめに良かったです。

**余談**
前回観たのは2011年7月1日初日。ケント・ナガノ指揮バイエルン州立歌劇場(演出はヘルマン・ニッチュHermann Nitsch)元々はミラノスカラ座の共同制作のはずだった。けどミラノには無理すぎる演出そのものだった。演出家に向けられた強烈なブーイングとブラヴォー。第1幕でのあまりに生々しいスクリーンに耐えられず、たくさんの人が家路に着いていました。第3幕はヘルマン・ニッチュの世界。

**余談2**
エサ・ペッカ・サロネン、インゴ・メッツマッハー、シルヴァン・カンブルラン、ミュンフン・チュン、ケント・ナガノ。
いずれもこの作品を取り上げています。けど、ワーグナーのトリスタンとイゾルデがレパートリーになっています。
なにか共感性の非常に高いものがあるのでしょうね。


演奏会形式だったこと、前回は音楽に集中できない状態だったので大津(23日)での公演は良かったです。

凄い!演奏でしたね・・・

19日に聴きました。生での感動に酔いました。
メシアンのオペラ全曲は国内では不可能だと思っていたので
本当に貴重な経験が出来ました。
何しろ演奏密度の濃さは言語では表現不能です。
音楽の最高のぜいたくを味わえました。幸せです。

11/26公演を鑑賞。カンブルランが読響常任指揮者に就任して以来、年に2-3回は聴いています。現在、在京オケではこのコンビがナンバーワンでしょう。ここまで純度の高い音楽を聴かせてくれるとは!
アイスランド火山噴火や東日本大震災の時も読響との契約を守ってくれました。カンブルランはプロ中のプロです。
カンブルランのシャープな棒に応えた打楽器陣が見事! 出だしのマリンバ、シロフォン等とカンブルランの応酬を聴いて“今日は凄いコンサートになる!”と確信しました。

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