2021-06

2017・11・25(土)下野竜也指揮京都市交響楽団

      京都コンサートホール  2時30分

 下野竜也(京響常任首席客演指揮者)が指揮するジョン・アダムズの「ハルモニーレーレ」は、一昨年、読響との演奏を聴き、すこぶる気持のいい思いをした記憶がある。今回は文化庁・芸術文化振興基金の事後調査の仕事を兼ね、もう一度聴きに来た次第。

 プログラムの前半では、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第5番《皇帝》」が、アンナ・フェドロヴァをソリストに迎えて演奏された。「ハルモニーレーレ」との組み合わせとしては意表を衝いたものだったが、これは曲の最後が変ホ長調で終ることと、「皇帝」が変ホ長調の曲であることを関連づけたためのようである。さすが下野竜也だ。
 今日のコンサートマスターは西江辰郎。

 フェドロヴァのピアノは細身の音だが、一つ一つの音に清澄な粒立ちがあり、音色が美しい。カデンツァなど、普通なら一気に均等に進んで行く音の流れの中で、時に強いアクセントを使って流れに変化を生じさせる弾き方が個性的だ。本来は豪壮な曲想の「皇帝」が、不思議に神経質な美しさを感じさせたのはそのためだろう。
 ただし下野と京響の演奏は、それをがっしりと支えるような、堂々たる風格のものであった。
 フェドロヴァはソロ・アンコールに、ベートーヴェンの「月光ソナタ」の終楽章を演奏したが、これも同じ特徴を持ったものだ。

 「ハルモニーレーレ」は、聴いた位置(1階15列中央)のためかもしれないが、以前サントリーホールで聴いた時と違い、オーケストラの内声部がリアルに聴き取れ、曲の面白さを倍加させてくれた。
 下野の指揮も相変わらず巧いものだと思うが、京響の張り切った力感と安定感、音色の多彩さにも舌を巻く。京響の優秀さは今に始まったことではなく、今やN響、読響とともに国内オケのベスト3に数えられる存在、と言っても過言ではないかもしれない。

 しかもカーテンコールの際に、客席に顔を向けた楽員たちの明るい表情と、笑顔の素晴らしさ。国内オケの中には、客席に一切顔を向けない団体とか、向けたとしても「そんなに拍手するほど良かったですかねェ」と言わんばかりの仏頂面をしている団体が多いのに比べ、これだけ聴衆との温かい交流を感じさせる京響の楽員は見上げたものと言わなければならない。

 終演後には、ホワイエで聴衆と楽員との交流パーティが行われたようだったが、こちらは早めに辞した。18時05分の「のぞみ」で帰京。

コメント

私が京響を好きな理由

安定感と力感だけではなく、カーテンコールの際の明るい表情。国内オケを全て拝聴したわけではありませんが、間違いなくトップクラスだと思います。東条先生のおっしゃるように、聴衆の明るい表情と拍手に仏頂面するオケの多い中で、京響のおもてなしは素晴らしいです。益々の精進をお願いいたします。

いつも拝読していますが、京響ほど、毎度難点なく好評価なオケは無いように感じます。

来年から"びわ湖リング"へ行く予定なので、京響の記事を読むたびに、京響の演奏を楽しみに思うこの頃です。

はじめまして。

いつも楽しく拝読しております。
初めて京響の音色を聴いたとき、特に弦があまりにも上手すぎて驚き隠せず、以降、心に刻まれた忘れられない楽団となりました。

あとは好みで分かれると思いますが、わたしの中では読響よりも上だと確信しており、N響よりも京響が好きだと言ってしまうほどです。
特に広上さん指揮であれば最高に。

なので先生が京響を褒めてくださると、嬉しくて仕方がありません。
ありがとうございます。

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