2019-12

2017・11・15(水)チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ

      サントリーホール  7時

 旧称モスクワ放送交響楽団。芸術監督・首席指揮者はおなじみウラジーミル・フェドセーエフ。チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」とラフマニノフの「第2交響曲」をプログラムに組んだ。これは、今回の来日ツアー最終日の公演だった。

 フェドセーエフも、もう85歳。彼の演奏も、近年はやや淡白な味になって来たことを感じさせる。今日の2つのロシアの作品でも同様の印象だ。
 ラフマニノフの「第2交響曲」など、昔だったらもっと濃厚な色彩感と、轟くような重量感、怒涛の如き推進性、深い陰翳と哀愁、といったものを漲らせていたものだが、今日は━━彼と「モスクワ放送響」にしては━━ずいぶんあっさりした演奏になってしまったな、という感だったのである。
 ただ、今回は弦14型編成の規模での演奏であり、またメンバーもだいぶ若返っている様子なので、いっそうその印象が強くなっていたのかもしれない。

 アンコールでは、フェドセーエフ得意のスヴィリドフの「吹雪」からの「ワルツⅡ」と、チャイコフスキーの「白鳥の湖」からの「スペインの踊り」を演奏したが、打物陣が大活躍する後者で、あの「二刀流タンバリンおじさん」が健在で派手なところを見せていたのには、なんとなくうれしくなった。彼の持芸を知っている聴衆も多いので、拍手も歓声もひときわ大きくなる。

 なおプログラムの第1部におけるチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」では、人気沸騰の三浦文彰がソロを弾いたが━━彼のおかげで満席近くまで切符が売れたということもあるだろうが━━残念ながらオケとは水と油といった感。ただバリバリ弾けばいいというものではない。
 来日オケに日本人ソリストを組み合わせること自体が悪いことだなどと言っているのでは毛頭ないが、その場合はソリストの個性と、オケの伝統的個性と、レパートリーとにおけるそれぞれの相性を、もっと慎重に検討してからにすべきではないか。
 また、それとは別の問題だが、オーケストラが起立したまま、もう引き上げたいという姿勢を示している真中へ割って入り、構わずソロ・アンコールを演奏しはじめるというのもいかがなものだろうか。

コメント

兵庫で拝聴しました。

来日2日目の兵庫県立芸術文化センターでのプログラムは、ボロディン「交響曲第2番」「だったん人の踊り」、チャイコフスキー「くるみ割り人形」「祝典序曲〈1812年〉でした。フェドセーエフさんの指揮は初めて拝聴するのですが、祝典序曲は圧巻でした。ソリストのいないオケだけの熱演だったと思います。東条先生のおっしゃるとおり、オケとソリストの相性というのは大切ですよね。終演後、バスをお見送りしましたが皆様の笑顔が印象的でした。

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指揮者の覇勢

 このコンサートに行きたかったのですが、オネーギンの日になってしまいました。 フェドセーエフが気の毒なぐらい疲れていて音楽に覇勢を感じず、歌劇冒頭から情感が立ち上らず、音楽湧き出る「手紙の場面」でも情念の渦が聞こえ無くて舞台に入れません。 ただ、レンスキーの独白や3幕のオネーギンの告白にある、「青春への懐かしみ」の中に淡い輝きを観たのが、フェドセーエフの現心情の表れでは無いかと理解しましたが、私の感傷でしょうか。
元来のオーケストラ好きですが。往年のロシア指揮者でフェドセ-エフだけ聴けずにいました。同年のテルミカーノフと比べると、遅かりしと残念です。

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