2021-06

2017・11・10(金)上岡敏之指揮新日本フィルハーモニー交響楽団

      すみだトリフォニーホール  2時

 ラフマニノフの「死の島」、チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」(ソリストはカティア・ブニアティシヴィリ)、レーガーの「ベックリンによる4つの音詩」。コンサートマスターは崔文洙。

 これは実に凝った選曲で、しかも意欲的である。
 ラフマニノフの「死の島」はベックリンの画を基にした交響詩であることは周知のとおりだが、レーガーの「音詩」の中にも、「死の島」という曲が含まれている。両者を組み合わせた発想は秀逸だし、われわれ聴き手にとっても、あの不気味な絵画から生まれた2つの曲を比較できるという意味で興味深い。
 間に置かれたチャイコフスキーのコンチェルトはちょっと異質な存在で、当然これは「客寄せ系」とも言えようが、前後の作品の重苦しい雰囲気の中に一篇の明るさを投じるという意味では、存在価値を発揮するだろう。

 上岡と新日本フィルも、ラフマニノフとレーガーの重厚な作品を、濃厚に、しかし滋味豊かに演奏してくれた。
 前者の「死の島」については、レコード評論の大先達あらえびす(別名・野村胡堂)が「凄まじく手の混んだ曲だが、少し鬱陶しい」(「楽聖物語」)と評した一文が今でも頭にこびりついているのだが、今日の演奏は、重々しいけれどもあまり不気味ではなく、むしろ色彩的なものが感じられ、この作曲家の管弦楽法の巧さが印象づけられる結果になっていた。
 レーガーの「4つの音詩」では、「ヴァイオリンを弾く隠者」で崔文洙が濃い表情を聴かせたのが印象に残るけれども、「死の島」に関する限りは、やはりラフマニノフの方が一枚ウワテだったな、という感も。大体、レーガーの音楽は、理屈っぽいのだ。

 チャイコフスキーでは、ブニアティシヴィリと上岡の対決的な演奏が何とも興味深かった。冒頭のホルンは恐ろしいほど濃厚に、粘った遅いテンポで始まったので、この調子でピアニストもやるのだろうか、とギョッとさせられたが、やはり彼女の方は独自の勢いで押し通して行く。とにかく、指揮者とソリストが「合って」いるような、いないような、このせめぎ合いがこれまたスリリングで、聴き手を退屈させない。

 彼女としてはやはり速いテンポで「軽快に」突き進む部分に良さを感じさせたのは、先日のリサイタルでの演奏と同じである。とはいえ、今日ソロ・アンコールで弾いたシューベルト~リスト編の「セレナード」の、翳りのある音色と極度に遅いテンポによる沈潜しきった演奏は、彼女の幅の広さを示すものになっていた。

 「死の島」で始まった今日の重苦しいプログラムは、最後のオーケストラ・アンコールでのワーグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」で、とどめを刺される。「死の動機」が速いテンポで演奏されたのは、私の好みではないけれども、上岡が今「指環」を指揮したらどんなものになるかを垣間見せてくれたという点で、これも貴重な機会であった。

コメント

サプライズ

お疲れ様です。ご無沙汰しています。
全てが上手くはまるようになって来て、聴きごたえがある。アンコールはサプライズだった。いい発想だ。

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