2021-06

2017・11・5(日)ザ・カレッジ・オペラのモーツァルト:「偽の女庭師」

      ザ・カレッジ・オペラハウス(大阪音楽大学) 2時

 大阪音楽大学のオペラ公演もこれが第53回。見事な実績である。今回はモーツァルトの、日本では滅多に上演されないオペラ「偽の女庭師」が取り上げられた。今日は2回公演の2日目。

 指揮は牧村邦彦、演出は井原広樹。あの「みつなかオペラ」のコンビでもある。イキも完全に合っているとお見受けした。
 演技はかなり細かく組み立てられ、それが音楽の動きと完全に合致している。逆に言えば、指揮も演出にぴたりと合わせていると言ってもいいのかもしれない。モーツァルトのこの若い時代のオペラの中に、後年の「ドン・ジョヴァンニ」や「フィガロの結婚」の音楽を少し紛れ込ませるというシャレも二つ三つ見られたが、そういう際にも演奏と舞台上の表現とが完全にマッチしていたのである。
 なお今回の井原の演出は、登場人物の喜怒哀楽をかなり派手に表現させ、モーツァルトのオペラの中に甚だ賑やかな喜劇的性格を導入していたが、このあたりが関西のノリというべきか。大阪で観るとこれがぴったり来るのだから、面白いものである。

 毎回のことだが、ここの劇場の舞台の構築の仕方は、いつもながら巧みだ。今回も、小編成のオーケストラ(ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団)を舞台に乗せ、背景に二重の奥舞台を高く設置、その両側から手前へも囲むように演技空間を設置して、フルに舞台を使う(舞台美術は増田寿子)。ホールの響きが良いため、声は充分に客席へ届いて快い。
 牧村邦彦の指揮も率直で流れが良いので、オーケストラもモーツァルトの屈託ない音楽を伸び伸びと響かせていた。初めのうちは弦が少し粗く、ティンパニの音も重く、音楽が鈍い印象になっていたが、演奏自体は尻上がりに充実して行った。

 歌手陣もいい。サンドリーナ(ヴィオランテ)を尾崎比佐子、市長ドン・アンキーゼを清原邦仁、ベルフィオーレ伯爵を中川正崇、アルミンダを南さゆり、騎士ラミーロを橘知加子、セルベッタを石橋栄美、ロベルトを迎肇聡。みんな、勢いのいい熱演である。
 尾崎比佐子は、モーツァルトの若書きのオペラを歌うにしては少し物々しい歌唱にも思えたが、それでもいつものように尻上がりに迫力を出して、結局は題名役としての存在感を確立してしまう。それがベテランの魅力的な味というものだろう。

 闊達で明るい雰囲気をコミカルに切れ味よく発揮していたのは、石橋栄美と迎肇聡だ。石橋は聴く機会が極めて多い。迎(むかい)は3年前にびわ湖ホールの「死の都」でフリッツを歌ったのを聴いて感心し、「竹取物語」のロビーコンサートで聴いた時にも「これから注目される存在になるだろう」と書いた記憶がある。

 7人の主役たちの中には、例の細かい声の動きにあまり慣れていないような人もいて、時にもどかしい感を与えることもあったとはいえ、闊達な歌唱がモーツァルトの初期のオペラの世界を快く盛り上げていた。
 20分程度の休憩1回を含み、終演は5時半過ぎ。

 なお今年の上演は、ザ・カレッジ・オペラハウスの新しいシリーズである「ディレクターズチョイス」の第1弾である由。これは、大阪音大の客員教授でもある演出家の井原広樹、粟国淳、岩田達宗が、ザ・カレッジ・オペラハウス館長の中村孝義(大阪音大理事長)と打ち合わせつつ、毎年交替で「やりたいオペラ」を演出して行く、というシリーズだという。来年は粟国淳が演出を担当し、メノッティの「電話」と「泥棒とオールドミス」を上演する予定とか。面白そう。

コメント

これはお見事!

 同日に観ました。これはとてもいい公演。レチタティーヴォが誰もが見事で、すこぶる動きの多い演出なのに、稽古充分ということがすぐに判りました。アンサンブルも息が合っていたし、レア演目を舞台にかけたというレベルを遙かに超えるものと感じました。
 演出の井原広樹さんか、それとも指揮の牧村邦彦さんか、どちらのアイディアかは不明ですが、細かいところで随所に遊びが入っているのも楽しめました。ベルフィオーレ伯爵が喜々として退場するところではチェンバロがフィガロのアリアを弾くし、ドン・アキーゼがベルフィオーレ伯爵を驚かせる場面では石の客人が登場する不気味な和音に乗って「ベル・フィオーーーレ」なんてやったりする。セルペッタ役の石橋栄実さんに至っては、幕切れ直前にツェルリーナのアリアの替え歌もオマケで披露、オペラグラスで覗き込んだパート譜には「No.27のあと石橋」といった紙が挿入されていました。
 どこまで台本どおりの台詞なのか判りませんが、恋人たちの大騒ぎに辟易としたドン・アキーゼが歌う横ではカップルが地の台詞(もちろんイタリア語)で罵り合っている。ナルドがセルペッタに求愛するシーンでは、イタリア風に、ブランス風に、イギリス風にと手を替え品を替えですが、ブランス風に変わるところではコーラスの一人が"Ecco il pane"と叫んで巨大なバゲットを放り投げる。ナルドはそれを抱きながら歌うという寸法。ヘンに大阪弁の台詞を入れたり、吉本風ドタバタに流れるような下策とは一線を画するものだと思います。プロジェクションもよく見ると背景におかしなものをこっそり入れている。ベルフィオーレが家柄を自慢する場面ではナポレオンはじめ西洋画に描かれた著名人物に並んで西郷隆盛がいたりして。
 私が一番感心したのは迎肇聡さん。この人、実はこれまで私はあまり評価していませんでした。むかし初めて聴いたとき、強靭な声を持っているのに驚いたのですが、力づくの歌唱のようなところが耳につきだして常に違和感がつきまとう歌い手でした。もっと力を抜いて歌うことを身につければいいのにと残念な思いを抱いていたものでした。ところが、このナルドは別人かと思うぐらい。硬軟緩急の呼吸が判ったのでしょうか。何か一皮むけたような感じ。今ならフィガロを歌ったらいいなあと思います。反体制の旗手としてボーマルシェが描いたような、毒を含んだフィガロをこの人の声なら表現できそう。
 狂言回しのような役柄、清原邦仁さんの市長はレチタティーヴォが見事。アリアそのものよりも、レチタティーヴォの出来が素晴らしい。きっちりと台本を発音して丁寧に抑揚を付けている。これは皮肉ではなく褒め言葉、モーツァルトに限らずレチタティーヴォはとても大事。これだけ言葉の多い台本でそれが表現できるのはほんとに珍しいこと。
 まあ、荒唐無稽、無茶苦茶な展開と言ってもいいオペラですが、キャストがここまで熱演だとそんなことは忘れます。タイトルロールのサンドリーナとベルフィオーレ伯爵の和解のところなど、後年のモーツァルトならオーケストラでそれを先行させるぐらいの芸当を苦もなくやってしまいますが、18歳の若書き、それはない。しかし、それに替わるエネルギーがあるオペラ、それを感じさせたのも、今回の演奏者の功績だと思います。

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