2021-06

2017・10・4(水)新国立劇場「神々の黄昏」

     新国立劇場オペラパレス  4時

 飯守泰次郎指揮、ゲッツ・フリードリヒ演出による、新国立劇場としてはキース・ウォーナー演出版に次ぐ2作目の「ニーベルングの指環」、その完結篇、全6回公演の、今日は2日目。

 配役と演奏は次の通り。
 ジークフリートをシュテファン・グールド、ブリュンヒルデをぺトラ・ラング、ハーゲンをアルベルト・ペーゼンドルファー、グンターをアントン・ケレミチェフ、グートルーネを安藤赴美子、アルベリヒを島村武男、ヴァルトラウテをヴァルトラウト・マイヤー。3人のノルンを竹本節子、池田香織、橋爪ゆか。ラインの乙女を増田のり子、加納悦子、田村由貴絵。読売日本交響楽団、新国立劇場合唱団。

 飯守は、今シーズンで新国立劇場オペラ部門芸術監督としての任期を満了することになるが、その開幕公演として選んだのが、この作品である。これは、日本のワーグナー指揮者として自他共に許す存在である飯守に相応しい演目と言えよう。
 この上演でも彼は精魂込めた指揮で、「指環」最終章を飾って行った。演奏全体としては、ダイナミズムを重視した、やや荒々しいものではあったが、決して無味乾燥なものには陥っていない。いろいろな意味で、彼の現在のワーグナー観を示すものだったと言えるだろう。

 オーケストラには今回、読響が起用された。これはあらゆる点で、成功である。音が分厚いし、ちょっと粗くて乾いてはいるものの、パワーが充分だ。第2幕の後半の壮大な場面や、第3幕での「葬送行進曲」、あるいは終曲など、まずこのくらい行けば上々と言ってもいいだろう。こういう個所でオケが弱々しかったら、すべてぶち壊しだからである。
 舞台外で吹かれたジークフリートの角笛のホルンが非常に上手く、これも読響ならではのものだろう。それに、今の日本のオーケストラで、「飯守のワーグナー」を巧く具現できるのは、読響以外には無いと思われる。

 故ゲッツ・フリードリヒの今回の演出(再演演出はアンナ・ケロ)は、ついに最後までもどかしさを感じさせたままであった。
 奇しくも今年は、彼のベルリン・ドイツオペラ時代の所謂「トンネル・リング」が日本に紹介され、日本のワーグナー愛好者に新鮮な衝撃を与えてからちょうど30年にあたるのだが、こういう形でその新旧演出が比較される結果となったことには、些か複雑な思いを抑えきれない。

 あの時の「神々の黄昏」第1幕で使用された、舞台上に設置された大きなレンズは、たとえばハーゲン、グンター、ジークフリートの内心に生れた邪な欲望を、その顔の表情を醜くクローズアップすることにより描き出すという役割を持っていた。その手法は、今回の演出でも引き継がれている。
 それはいいとしても、今回、細かい演技を含め、写実的な手法と伝統的・形式的な手法とが混在していたのは、あまり納得の行くものではない。しかも、以前の「トンネル・リング」に比べると、舞台上の人物のそれぞれの演技が、互いにしっくりかみ合っていないように感じられるのである。合唱(ギービヒ家の家臣たち)の動きにも、活気がない。これは「演出補」として再演の演出を担当したアンナ・ケロにも責任があるのでは? 

 ラストシーンで、主要登場人物の中ではただ一人「その消息が不明のままになる」アルベリヒが、事の成り行きに茫然としつつ彷徨う光景は、あのハリー・クプファーの手法と共通している。
 ただ、これで締めれば、それなりに明解だったろうが・・・・そのあとにブリュンヒルデをまた登場させる━━廃墟の中央に突然ガバと起き上がらせる━━のは、救済者としての役割を強調し、彼女に未来への希望を託するためか、はたまた、この闘争と悲劇が未来永劫繰り返され、そのたびに救済者が必要になるであろうことを予言するためか。
 いずれにせよ、舞台上の光景としては些か煩雑になって、やらずもがなの印象を与えたことは否めまい。

 総じて、今回の演出は、新国立劇場のプロダクションとしては前作ほど刺激的で話題性に富むものではない。また、舞台としての完成度も高いものだったとは、どう見ても言い難い。とはいえ、わが新国立劇場の現状を考えると、こと「指環」の舞台に関する限りは、これが精一杯なのかな、という気がしないでもないのだが・・・・。

 歌手陣は、一応手堅いところを示していただろう。
 グールドは相変わらずのパワーで野生児ジークフリートをダイナミックに表現、演技の点でもいろいろ工夫していたようだが、第2幕ではちょっと声に無理があったろうか。
 ラングも「自己犠牲」の場面に至る長丁場を巧く盛り上げていたが、ただ、グールドとともに、彼らの好調時の声とは言い難かったようである。

 ペーゼンドルファーのハーゲンは、その動きの少ない演技が、不気味さよりも、何かおっとりとした印象を与えてしまっていた。これも演出上の問題と思われる。
 そしてグートルーネの安藤赴美子の健闘は嬉しいが、第2幕でのブリュンヒルデ出現以降の演技は全く納得が行かない。妻としての立場が脅かされている渦中で、あんなに平然と我不関然としているように見える演技は、どういう演出意図によるものなのか?

 そこへ行くと、ヴァルトラウテを歌ったヴァルトラウト・マイヤーは、出番は短かったとはいえ、さすがの貫録である。焦慮するヴァルキューレとしての表現を、歌にも演技にも、見事に盛り込ませた。往時に比べ、声にはやはり耀きが薄れたかもしれないが、巧さは不変である。
 第1幕のあとのカーテンコールでは、彼女に対し、上階席からブラヴォーの声がいくつか飛んだ。それらは、1階席下手側後方からいつも聞こえる何となくサクラじみた声のブラヴォーよりも美しい。休憩時間に所用で駐車場に出たら、楽屋出口で行列を為したファンたちに彼女がサインをしていた。出番が終ったので、そのままホテルへ戻って行くのかもしれない。

 字幕は故・三宅幸夫さんのもの。さすがに解り易く、安心して音楽と合致させられる。
 休憩を含み、終演は10時05分。やはり、長い。

コメント

初日を観ました。まったく同感です。通して観てのトータルコンセプトのようなものがほとんど感じられませんでした。「トンネルリング」を持ち出すまでもなく、指環を観る・演じることがルーチンワークになりつつある現実を感じました。悲しいかな、すべて「黄昏」て来ているのは我々なのかもしれないとの感です。

チクルスの他作品に比べて、セットに大したお金もかけておらず、セット自体の見どころが少なかったように思います。まさか、某有名歌手にギャラがかかったからとは思えませんが。
初日は、2時開演で、8時終演。観ている方も疲れましたが、歌手・演奏者の方の体力はすごいと思います。
ペーゼンドルファーの悪役感はよく出ていましたし、グンター役との対比もよかった。
端役ながらアルベリヒが大好演。風貌が、指揮者飯森氏のカリカチュアに私には見えました。

1日に観ました。
どうも引き締まらない印象でした。

ノルンたちの声質はバラバラ。
ペトラ・ラングには、私は違和感ありあり。
グールドは、ジークムント役のときが一番感動しました。
安藤赴美子の歌唱はよかったですが、グンターが、ひどく残念。

第3幕でようやく入り込めてきましたが、
それでも、ジークフリートがたおれる場面や、肝心のブリュンヒルデの自己犠牲、もうひとつ胸に迫らなかった・・・。

オケに関しては、東フィル、東響、読響、こんなにも響きが違うとは、勉強になりました。

万感の思いでこのツィクルスを締めくくるつもりでしたが・・・11日にもう一度観るので、改めて、です。

主役は読響

初日(皇太子殿下御臨席)を鑑賞。オケは弦に厚みがあり、金管も要所を締めて全く危なげなかった。新国常連オケと比べ、明らかに数ランク上。角笛も豪快で、新国でここまで吹けた人(日橋さん?)はいなかったのではないだろうか。“黄昏”でやっと飯守さんの骨太なヴァーグナーを堪能することができました。ラインもヴァルキューレも読響と契約してくれていたら!

雅子さまは来られていませんでした。

1日の初日に福岡から聴きに行きました。
主役のペトララングはバイロイトのオルトルートのイメージが強く、ブリュンヒルデには不向きと思いました。声が悪役で3枚目です。最後のムササビ型の復活はびっくりして笑ってしまいました。
マイヤーの歌唱は秀逸でウィーンを思い出します。ラングと交代出来なかったのかと思いました!
グールドは流石ですが、座ったままの歌唱が多くて発声に気の毒でした。
全般的に楽しめましたが、凹凸の目立つ公演でした。
新年度のメトロポリタンはワーグナーが皆無です。世界的に上演が難しくなっているようです。
新国立頑張ってください。

ぺトラ・ラングのブリュンヒルデ。2014年5月のジュネーヴ歌劇場での4部作通し上演も時に初めて聴きました。(インゴ・メッツマッハー指揮 ディーター・ドルン演出)
ずいぶん流暢に滑らかになったと思いました。

ステファン・グールドのジークフリート。ウィーン・ミュンヘン・アムステルダムそして東京で聴けて。
次のジークフリートは誰を招いてくれるんだろう。ステファン・ヴィンケ? ダニエル・ブレンナ?

ヴァルトラウテ・マイヤーのヴァルトラウテはやはりとても良かった。初めてワーグナーをFM放送を聞いていた時分の頃の歌手だからオペラとしての出演末期なので感慨深い。
けど、カルメン サントゥッツァ ダリラ エボリ公女 アムネリスといった役を歌っていた1990年代も良かったよ。
今後はリート歌手として来日してほしいな。。

今度は誰の指揮で。どういう演出家での舞台を観ることができるのでしょう。

神々の黄昏

こんにちは。
私も新国立劇場で『神々の黄昏』を鑑賞してきましたので、演出に視点を置いたレポートを大変興味を持って読ませていただき。大変勉強になりました。『神々の黄昏』では、ところどころ重要な場面でオーケストラの音楽がストーリーをけん引し、オーケストラの演奏では、異なる複数の旋律を同時に演奏する対位法が駆使され、ライトモティーフが重層的に折り重なって壮大な音楽の響きや多彩な音楽の響きが融合した音楽で非常に充実した音楽体験ができました。最後の「ブリュンヒルデの自己犠牲」に続く大管弦楽が織りなす壮大な幕切れは、言葉を使わずに総てを音楽に託したのだと感じました。ひさびさに、これぞ「楽劇」という体験ができました。

私も楽劇『神々の黄昏』を鑑賞した体験を詳しく音楽を解析し整理しながら、このワークナーの素晴らしい楽劇の体験と感動をレポートしたてみました、読んでいただけると嬉しいです。ご感想・ご意見などをブログにコメントいただけると感謝します。

飯守さんの集大成

東條さんご無沙汰しております。
いつも的確なお言葉ありがとうございます。
トンネルリング、私も体験したかったです!
世界のどこかで見れないのでしょうか?

今回の黄昏を3回見に行きましたが
これを機に振り返ってみると、
私の飯守さんのワーグナーとのご縁はもう20年近くなります。
1990年代の名古屋フィルでのワーグナー(ワルキューレは熱演でした)
2000年の尼崎アルカイックでのパルシファル(飯守さん、若く熱かったです)
21世紀最初にシティフィルと行ったリングチクルス
などなど、日本でのワーグナー演奏を引っ張って来られた
氏にとっても、バイロイト全盛期を飾る演出家の一人である
フリードリッヒの演出の下、グールド、マイヤー、ラング等の
世界トップ歌手をそろえた今回のチクルスは
飯守さんの日本でのワーグナー普及史の
集大成のような演奏だったと思います。
飯守さんの熱い想いを演奏の随所に感じることができました。

ただ、東條さんが示唆されたように、
故人の演出で、演出補のアンナ・ケロさんの奮闘は認めるものの
若干のもどかしさは感じられました。
チクルスの発表の会見で飯守さんが示唆されていたように
財政的な縛りがなければ、借り物の演出でなく
本当はクプファーの新演出でやりたかったんでしょうね。
ただ、指輪は本当にお金を食うらしく、
(ラインの黄金、ワルキューレ、ジークフリートと
 コストが凄まじくかかるそうです)
これはかわいそうだけどやむを得ないものかと思われます。

最後に補足ですが、演出関係の方から
以下の演出裏話を聞けたのでご参考までに記します。
・フリードリッヒは1970年代のコベントガーデン以来
 4つの指輪演出を行っており、
 このフィンランド版は亡くなる直前の最後のもの。
 トンネルリングに比べても、よりシンプルで 
 洗練されたものとなってきているが
 レンズによる心理的な歪みを浮かび上がるフリードリッヒの手法は
 コヴェントガーデンの70年代から一貫している。
・演出補のアンナ・ケロによれば
 チクルスを通じて逆三角形の舞台がよく使われるが、
 これらは槍のイメージとのこと。
 今回の黄昏3幕でのジークフリートの三角形は、自分の将来の鏡
 この自分の鏡を投げ出すことが
 彼の運命を暗示している。
・黄昏の最後で世界が崩壊した後、
 「ブリュンヒルデのような人」が出てきて、大団円を迎えたが
 アンナ・ケロによれば、彼女は「ブリュンヒルデのような人」
 ではあるが、ブリュンヒルデではないらしい。
 ブリュンヒルデの生まれ変わりがまたリングを守り
 アルベリヒは指輪を奪うのを断念するような意図とのこと。
 そもそも、ドイツ語でDammerung は黄昏の他に夜明けや生まれ変わり
 というニュアンスがあり、今回の最後のブリュンヒルデもまさに
 そういう意味でまさにgotterのDammerungとの由。
・マエストロは今回の演奏でも、いろいろと拘っていた。
 シュティールホルンを観客席で吹かせるのも、マエストロのこだわりらしい。
・演出は、ほとんどがフィンランドからの輸入だが、
 日本の法規制などの関係で一部は新しくつくった。
 例えば炎は本邦の消防法の関係もあり、LEDを作成。
 松明のみ直火。初日皇太子の前で消えた時、
 ラングが別の松明を奪って点火したのは、
 ラング一流のアドリブ。

これでしばらく日本でこのクラスの指輪は聞けなくなるのでしょうか?
心にぽっかり穴が開いた気分です。
でも、今回の演出した機材は全て取ってあるそうなので
是非今度は4部作の連続公演を期待したいですね。


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