2021-06

2017・9・26(月)ユベール・スダーン指揮大阪フィル

     フェスティバルホール  7時

 ユベール・スダーンが客演、シューベルトの交響曲「未完成」と「ザ・グレイト」を指揮した。コンサートマスターは田野倉雅秋。2回公演のうちの初日。

 スダーンが2009~2010年に東京交響楽団と行なった交響曲全曲ツィクルスにおける精緻で瑞々しい演奏の数々は、それはもう卓越したものだったが、あれは長年にわたり音楽監督を務めたオーケストラとの共同作業だった。
 今回は客演に過ぎぬ大阪フィルとの演奏で、状況は全く異なるものの、それにしても彼の音楽をここまで徹底して表出することが出来たのは、彼の見事な制御の力ゆえだった、と言っていいだろう。それと同時に、大阪フィルの柔軟な技術と感性のゆえ、ではあったろうけれども。

 スダーンは、「大阪フィルは東京響に比べると非常に『重厚』だ」と語っていた。たしかに、東京響との演奏には軽快さがあったが、今回の大阪フィルとのそれは、切れのいいリズム感を持ちながらも、重心の低い、分厚い音で構築されていた。
 そのダイナミックな音の対比も強烈だ。演奏にも、怒涛の激しさが備わっている。「ザ・グレイト」での、第1楽章コーダや第4楽章コーダにおける推進力たるや、物凄い。第2楽章の、ホルンとトランペットが執拗に応答しつつ盛り上げて行き、ついにフォルテ3つに達する個所(230~249小節)など、まるで修羅場だ。第3楽章も非常に攻撃的かつ挑戦的な演奏で、トリオは通常のような春風駘蕩然としたおおらかさでなく、ピリピリした緊張感にあふれている。

 といっても、ただ煽ってばかりの乱暴な演奏でないことは、言うまでもない。
 スダーンの指揮を聴いていると、シューベルトの管弦楽法の見事さが━━彼が歌曲と室内楽だけでなく、交響曲の分野でもここまでの高みに達しているのだということが、はっきり理解できるのである。
 下手をすれば、だらだらと流れるような演奏になってしまいかねない「未完成交響曲」が、スダーンの手にかかると、引き締まった造型と、鋭角的で歯切れのいいリズム感に満ちた演奏になり、毅然とした姿になって立ち現れる。第2楽章の最後など、諦念とか彼岸的とか、最後の安息とかいったものよりも、未来にどんな「生」が待ちうけているか、それを楽しみに視ようという雰囲気にさえ聞こえるのではなかろうか?

 こういうイメージを聴かせてくれた大阪フィルの演奏も良かったが、もちろん、たまさかの客演指揮者だから、呼吸が合わぬところはある。「ザ・グレイト」の第3楽章で、トリオからスケルツォに戻る個所の、ホルンに他の木管が次々に加わってクレッシェンドして行くあたりなどだ。
 だが、これらは、多分2日目の演奏では解決される類のものだろう。今日の演奏でも、「未完成」の第1楽章では、かつて東京響との演奏で聴かせた細かいニュアンス━━第1主題でヴァイオリンのモティーフを波打つように演奏させ、木管の主題をフレーズごとに少し膨らませるといったスタイルも、リピートの際、さらに再現部での演奏と、次第に徹底して明確になって行ったくらいである。
 「ザ・グレイト」第1楽章でも、提示部の際よりは再現部の方が、主題の息づき、リズムの精緻さがより明確になっていたのだ。いずれも、2日目の方はもっと良くなるだろう。

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