2020-04

9・1(月)ペーター・コンヴィチュニー、ワーグナー演出を語る

   ドイツ文化会館

 二期会の「エフゲニー・オネーギン」演出のため来日中のコンヴィチュニーが、ワーグナー協会の例会に登場した。
 私は特にコンヴィチュニー信奉者ではないけれども、彼の演出は既に十数本観る機会を得ている。なるほどと感心させられるもの、反発したくなるもの、ブーイングしたくなるもの、いろいろあるのだが、少なくとも今日聴いた彼の話はすこぶる面白かった。

 「意味を理解するためには文字を変えなくてはならないことがある」という諺がドイツにはある、と彼は言う。
 つまり、古い言葉で語られたものを理解するには、時には現代語に翻訳する必要が生じる、という意味だろう。いわゆる「読み替え」(ここでは不適当な表現だが)の原点はここにある、ということか。
 そして彼の話は続く。
 「さまよえるオランダ人」第2幕で女たちが糸を紡ぐ行動は、彼女たちがせっせと働くことにより男に気に入られようとしていることを表わす。
 では現代だったら、何をすることで男の歓心を買うだろうか。たとえばスポーツクラブに通って、容姿を磨くことに専念するだろう。かくして第2幕冒頭は、女たちがいっせいに運動用の自転車のペダルを踏み続けている場面に設定される、と彼は説明する。

 その他、権力の基盤の上に作られる人生か、それとも愛の基盤の上に作られる人生かを択一せよ、と迫ることこそ、ワーグナーが「指環」でわれわれに突き付けているメッセージである、という話。あるいは、「劇場の役割と意味」のような話なども。

 なお、「パルジファル」(08年3月20日の項参照)第1幕で巨樹の中から出現する「聖母マリア」はクンドリーである、という説明もあって、これはたしかにコロンブスの卵的な発想であったと思い当たる。
 彼曰く、「日本ではどうか知らないが、西洋では、女性は二つに分類される。聖母か、あるいは娼婦かだ」。

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