2017-08

2017・8・4(金)ザルツブルク音楽祭(1)モーツァルト「皇帝ティトの慈悲」

      フェルゼンライトシューレ 7時

 前夜遅くザルツブルクに入る。1年ぶり。

 夏のザルツブルク音楽祭も、以前とは随分様変わりした。かつてのように熱心な聴衆が集まって沸騰するという雰囲気も、だいぶ薄れてしまったようである。
 演目も昔よりだいぶ地味になっているし、出演者にも、所謂大物の数が少なくなった。レパートリー編成もやや散漫な感になって来ている。しかも近年は具合の悪いことに、複数のめぼしい上演が同時間帯に組まれていたり、公演の種類が少なくなっていたりするため、「うまく組み合わせて1日に2,3公演」という方法が採りにくくなっているという傾向がある。

 ある毒舌家の、マニア向けの旅行エージェントの言によれば、「今や夏のザルツに行くのは金持かバカ」なんだそうだ。私は金持ではないから、そうするとバカということになるか。
 ただ、それでも唯一捨てがたいのは、この山間の町の空気である。こればかりは独特の爽やかさがある━━といっても、今日のような蒸し暑さでは、その唯一の魅力も半減してしまうが。とにかく今日も、この劇場周辺、観光客が多いという雰囲気が横溢。音楽マニアで沸き立つという雰囲気はほとんど感じられなかった・・・・。

 それはともかく、折角観に来たのだから、というわけで。
 モーツァルトの「皇帝ティトの慈悲」。今回は7月27日から8月21日までの間に7回上演されている。今夜が3回目の上演。
 今をときめく注目の指揮者テオドール・クルレンツィスがムジカエテルナ(musicAeterna)の管弦楽団と合唱を率いて登場し、ピーター・セラーズが演出、ゲオルギー・ツィーピンが舞台装置を担当━━というから期待していたのだが、しかしどうもこれは、満足できかねる類のものであった。

 クルレンツィスは、CDでダ・ポンテ3部作などを聴くと、ニュアンスも細かく、颯爽としたテンポ運びの演奏で大いに魅力的に感じられるのだが、今回は、主人公が━━それは主にセストのアリアの部分でだが━━苦悩と迷いに陥る個所では極度にテンポを落し、フレーズごとに長い長い間をあける(こういうテを使う指揮者はアーノンクールの亜流に結構多い)ことが目立つ。特に第2幕前半ではそれが多用され、音楽の流れが停滞することも多くなり、些か苛々させられた。

 ただ、追い込みなどでのテンポと勢いの良さは、彼ならではのものがある。
 それに今回の上演では、原曲の中にモーツァルトの他の作品が挿入されることが多く、これが少なからぬ面白い効果を出していた。たとえば、第1幕終り近く、テロを決意したセストが仲間と爆弾を装備する場面(パントマイム)では「アダージョとフーガ」の抜粋が演奏される。また「皇帝ティトがセストに撃たれて重傷を負い、群衆がその快癒を祈る」という読み替え設定の第2幕冒頭では、「ハ短調ミサ」の「キリエ」が挿入されて歌われる。あるいは、最終場面で「ティトが死去」すると、原曲が完奏されたあと、「フリーメイソンのための葬送行進曲」の主題と合唱が付加されて演奏され、そして暗転して終る━━といった具合である。
 おかげで上演時間はかなり長くなったが、それ自体は、巧いアイディアだったと思う。

 ピーター・セラーズの演出は、何とも期待外れだ。セリで上がり降りする若干の物体だけのゲオルギー・ツィーピンの舞台装置も同様である。このフェルゼンライトシューレの広い舞台は、全く活用されていない。どこか小さな劇場でやれば、もっとまとまりもよく見えたろう、と思えるような構図なのであった。ちなみにこのプロダクションは、ベルリン・ドイツオペラ及びアムステルダム・ナショナル・オペラとの共同制作である由。

 また、セラーズであれば、原作の台本に見られる身勝手なヴィッテリアと、ただ彼女への恋のために皇帝暗殺まで図ろうとする愚かなセスト━━という構図の中に、もう少しいろいろな高貴なコンセプトを━━たとえばセストにブルータスの役割を与えるとかいったような━━注入させてくれるかと思ったのだが、これは、期待する方が悪かったようだ。

 かつての才人セラーズはどこへ行ったのか。演技的にはいつものように、非常に精緻微細な動きを見せてくれるが、それでも登場人物がやたらハグを繰り返すのみでごく月並みなものに留まっていた。カーテンコールには彼も現れたが、すこぶる御機嫌なようで、例の通りはしゃぎまくっていた・・・・。

 歌手陣は手堅い。最も映えたのは、セストを歌い演じたマリアンヌ・クレバッサで、完璧なズボン役を披露、歌唱と演技も充分なものがある。
 その他の人々は、ラッセル・トーマス(皇帝ティト)、ゴルダ・シュルツ(先帝の娘ヴィッテリア)、クリスティーナ・ガンシュ(セストの妹セルヴィリア)、ジャニーヌ・ビック(セストの友人アンニオ)、ウィラード・ホワイト(護衛隊長官)といった顔ぶれ。
 なお、第1幕終り近くのセストのアリアで、オブリガートのバセットホルンを舞台上で演奏しただけでなく、セストとともに演技し、時には倒れた格好のまま吹いてみせていた奏者の「快演」を讃えたい。

 10時15分演奏終了。ホール内も、戸外も、蒸し暑い。

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