2017-11

2017・7・22(土)フェスタサマーミューザKAWASAKI ノット指揮東京響

      ミューザ川崎シンフォニーホール  3時

 恒例の「フェスタサマーミューザKAWASAKI」が開幕した。オープニングの演奏を受け持ったのはもちろんホストオーケストラの東京交響楽団で、昨年に続き、音楽監督ジョナサン・ノットがみずから指揮。開幕公演に全力投球、というところだろう。
 プログラムはシェーンベルクの「浄められた夜」と、ストラヴィンスキーの「春の祭典」。コンサートマスターは水谷晃。

 真夏のフェスティバルの幕開けの曲が、こともあろうに「冬枯れの木立の中を、月光を浴びて歩いて行く1組の男女」の深刻な会話(R・デーメルの詩)を題材にした作品とは、何ともユーモア感覚に富む選曲というか。
 ノットの指揮も、演奏時間31分というかなりの遅いテンポで、重苦しく男女の苦悩を描き出した。最初の部分など、あたかも女が意気消沈、歩くのもやっとという様子で男に秘密を打ち明けはじめる━━といった表現の演奏だったが、全体を通して聴けば、2人の心理の変化は出ていたであろう。
 拍手とブラヴォ―は盛ん。この川崎では、ノットと東響は、どんな演奏であっても聴衆から熱狂的に歓迎されるようである。

 後半は「春の祭典」。これはもう、ノット特有の鋭いデュナミークの対比と、筋金入りの剛直なサウンドによる、どっしりした強面の演奏である。ただし、どれほどオーケストラを激しく咆哮させても、どこかに冷静な節度を保っていて、決して魔性的な感情に陥ることがない━━というのも、ノットの指揮の特徴だろう。
 東京響も、剛直な演奏でこれに応えていた。ホルン・セクションにちょっと不安を感じさせるところがなくもなかったが、その他のセクションは安定していた。

 ティンパニはすこぶる強力で、しばしば他の楽器のパートを圧倒したほどだが、これはノットの指示に由るのだろう。そういえばノットは、いくつかの個所で、スコアにおけるデュナミーク指定を逆転させて演奏させていたが、これは時に主題を他の楽器の咆哮の裡に埋没させる結果を招いており、些か賛成しかねるケースもある。

 最後の「いけにえの踊り」の頂点は壮烈な昂揚。満席近い客席からの拍手と歓声もそれに相応しかった。アンコールは無し。ノットは先週の定期と同様、今回もソロ・カーテンコールでステージに呼び戻されていた。川崎でのノットの人気は凄まじい。

コメント

当たり前

ミューザは東響のホームですから。
言ってしまえばバルサのカンプノウと同じです。

旧来型の聴き手が、一個人の記憶の集積に過ぎないものをあたかも人類共通の基準であるかのように披瀝し、瑕疵を数え上げ優劣をつけることで、自己顕示欲を満たすための手段の一つとして演奏会を消費している間に、彼らはコツコツと着実に「旅の仲間」を増やしてきた、ということではないかと思っています。

常に5-0での完勝とはいかないまでも、自分達ならではのスタイルを獲得→更新していくために、より困難なルートに挑戦しているチームの姿を現在進行形で目の当たりにすれば、応援したくなってくるのが人情ではないかと。

少なくとも私は、今シーズンの彼らの演奏会をこれまで以上に楽しんでいます。
何も無かったはずの場所に新しい扉が出現し、片っ端から開けてみては飛び出して行く、子供の頃の読書のような気分を味わえているから。
シーズン後半も彼らの冒険に同行できることを、心から楽しみにしています。

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